太田述正コラム#0608(2005.1.28)
<奴隷制廃止物語(その5)>

 (本篇は、コラム#601の続きです。なお、北方領土問題についての議論が掲示板上で引き続いて行われているので、ご覧下さい。)

 (2)現代における奴隷制の残滓
 今日、奴隷制は全ての国の法律で禁止されていますし、奴隷制を必要とする経済的理由もありません。もちろん奴隷制を是とする議論など皆無です。
 にもかかわらず、国際連盟が1926年に定めた奴隷制の定義、「奴隷制とは、人間に対して全面的または部分的に所有権が行使される状態をいう」(Slavery is the status or condition of a person over whom any or all of the powers attaching to the right of ownership are exercised
(Slavery Convention of the League of Nations, 1926))にあてはまる人の数は、現代において2,700万人におよんでいます。
 世界の総人口に占める割合としては決して大きくはありませんが、絶対数で見れば、現代は人類史上最も奴隷が多い時代なのです。
 しかも、現代は人類史上最も奴隷の値段が下がった時代でもあります。
 1850年には奴隷一人の値段は現在価値で4万米ドルでしたが、今では象牙海岸で一人30米ドルで奴隷が買えます。これだけ安い以上、1850年よりも奴隷はもっと激しく使い捨てられている、ということです。
 現代の奴隷の大部分を占めるのが、インド・パキスタン・バングラデシュ・ネパールの債務奴隷です。何年働いても、場合によっては何世代にわたって働いても元本が減らないという状況が意図的につくり出されることによる「奴隷」です(注8)。

 (注8)ブラジルにも、ブラジル政府の推計によれば4万人の債務奴隷がいて、熱帯雨林にお
    ける木の伐採・農耕業務に従事させられている
http://www.latinamericanpost.com/index.php?mod=seccion&secc=38&conn=3720。1
月20日アクセス)。

 しかし、数は少ないとはいえ、先進国にも奴隷はいます。
 例えば米国では、外国から毎年14,000人から17,500人が「密輸」されており、恒常的に52,000人から87,000人が奴隷的境遇におかれ、売春婦・メイド・農業労働者等として働かされています。
 世界全体としては、毎年60万人から80万人が国境を越えて「密輸」(traficking。拉致)されており、その80%が女性で、70%が売春婦にされていると推計されています。国際的な暴力団は人間の拉致で一昨年95億米ドルの収益をあげていると考えられています。これは彼らにとって、麻薬の密輸、武器の密輸に次ぐ収益源となっており、10年以内にはトップの収益源になるのではないかと言われています。
 (以上、http://www.csmonitor.com/2004/0901/p16s01-wogi.html。(2004年9月1日アクセス)による。)
 とりわけ悲惨なのは子供の拉致です。
 国連は西アフリカだけで毎年20万人の子供が拉致されていると見積もっています。
 文字通り拉致されるケースや、カネで買われるケースのほか、アフリカで多いのですが、貧困家庭の親やAIDSの結果片親となった親に向かって、子供にいい教育を受けさせてやるから、あるいは子供をまともな仕事に就かせてやるから、子供に職業訓練を受けさせやるから、と偽って連れ去るケースがあります。
 (以上、http://www.csmonitor.com/2003/0428/p25s03-woaf.html?s=rel(1月20日アクセス)による。)

 (3)少年兵問題
 子供を拉致する目的の一つは、少年兵(18歳未満の男児または女児の戦闘員)にすることです。
 北スマトラ沖大地震及び津波の被災地で子供の拉致が頻発していると報じられていますが、彼らの多くは、アチェ独立をめざすゲリラやスリランカで分離独立をめざすゲリラ等の少年兵に仕立て上げられることになるでしょう。
 現在全世界に少年兵は30万人もいて、全ての紛争の75%で使われており、その80%のケースで15歳未満の少年兵がおり、18%のケースで12歳未満の少年兵がいると見積もられています。
 こんなことは昔は考えられませんでした。
 少年兵が出現したのは、武器や爆弾が扱いやすく、軽くなったことからです。
 少年達は未成熟で経験も乏しいため、恐れを知らず、死が何であるかも十分理解しておらず、彼らを「洗脳」すると、ゲーム感覚で戦闘を行い、「敵」を殺戮するようになり、自爆テロも平気で敢行するようになります(注9)。

 (注9)パレスティナでは、イスラエルに対する自爆テロをやらされた13歳の少年がいるし、
武器や爆弾の運び屋をやらされた11歳の少年がいる。1997年にはコロンビアで史上最
若年の9歳で自爆テロをやらされた少年がいた。

 もちろんその結果は、生き残った少年達の心に深い傷跡を残すことは言うまでもありません。
 (以上、http://www.csmonitor.com/2005/0118/p15s02-bogn.html(1月18日アクセス)及びhttp://news.ft.com/cms/s/c4013fdc-6a60-11d9-858c-00000e2511c8.html(1月20日アクセス)による。)

(続く)