太田述正コラム#1037(2006.1.9)
<「アーロン収容所」再読(その3)>
3 「アーロン収容所」の間違い
(1) 始めに
「アーロン収容所」は、英国人が日本人を含むアジア人を、家畜視している、という主張がテーマであると言えますが、まず、総論的な反駁を加えた上で、具体的な反駁に移ることにしましょう。
(2)アジア人家畜視論総論
英国人が、日本人等のアジア人を「家畜」視しているという会田の主張は、俗耳に入りやすけれど、会田自身の論理に照らしても、極めて説得力に乏しいと言わざるをえません。
会田は、「ビルマの農業は日本とちがって有畜農業である。牛、水牛、豚、山羊などの飼育数は相当なものである。牛や水牛なども耕作に利用するだけではない。交通運搬にも食用にもつかわれる。だからかれらは家畜の屠殺に馴れているといえよう」(183頁)と指摘し、ビルマ人の(日本人から見た)残虐性(180?181頁)を説明しようとしています。
そして同様の論理で、会田は、(英国を含むところの)西欧において有畜農業度が高いこと・・すなわち、「日本人は一般に家畜の屠殺ということに無経験な珍らしい民族なのである。同じアジア人でも、中国人やビルマ人は屠殺に馴れている。それ以上にヨーロッパ人は馴れている」(58頁)ことを、西欧人のアジア人の家畜視とその「家畜」的扱いの巧みさ、及び(日本人から見た)西欧人の残虐さの根拠にしようとしています。
しかし会田は、支那やビルマの有畜度を具体的に示していないので、一体有畜度において、支那やビルマが日本等とともに、アジアとして一括りにできるのか、それとも日本(だけ?)を蚊帳の外にして、西欧とアジアを一括りにできるのか、定かではありません。仮に後者が正しいとすると、会田の論理は成り立たないことになります。
それに、有畜度から言ったら、モンゴル等の遊牧民は100%近い有畜度のはずですが、そうである以上、遊牧民こそ、他の民族を家畜視する最たる者であり、かつ他の民族の「家畜」的扱いに最も巧みであり、その上、(日本人から見て)モンゴル人は最も残虐な人々、ということになるはずであるところ、モンゴル帝国/元朝による積極的な他民族の登用ぶりを見るにつけ、モンゴル人が自分達以外の民族を家畜視していた(いる)とは到底思えません。
会田の主張の説得力の乏しさをお感じになりませんか。
(3)各論1:排泄・性羞恥心の希薄さ
もう少し具体的に見ていきましょう。
英軍の女兵の日本兵を人とも思わぬような態度や、英軍の男兵の日本兵を前にした公然セックスの場面は、一般の日本人読者にとってはショッキングでしょうし、欧米滞在経験がなかった当時の会田はさぞかしショックを受けたことであろうと同情を禁じ得ません。
しかし、会田の受け止め方は誤解に基づく間違いです。
私が1974年に米スタンフォード大学に留学した際、最初の夏は寮生活をしたのですが、その折、カルチャーショックを受けたことが三つありました。
一つは、大学の近くの映画館でハードコアのポルノ映画を見たことですが、当時の日本でも、「観客参加」型のストリップがあったこと等に照らし、これはそれほど大きな「ショック」ではありませんでした。
強烈なショックを受けたのは、次の二点です。
第一に、トイレが男女別々にはなっていたけれど、大便器の置いてある「個室」に間仕切りはあってもドアがついていなかったことです。ですから、他の学生から自分がいきんでいる姿が性器も含めて丸見えで、最初のうちは生きた心地がしませんでした。もちろんトイレ掃除の人にも丸見えです。トイレ掃除をやっていた人が男性だったか女性だったかまではしかと覚えていませんが、女性だったような気がします。
第二に、二人部屋の寮の個室の壁がうすく深夜になると決まって隣室から、大音声のよがり声が聞こえてきたことです。しかも、その声は長時間にわたって延々と続くのです。何という羞恥心のなさ、何というタフさか、と閉口しつつ、私は目が冴えて眠れなくなってしまうのだけれど、同室の米国人の学生はいつも平気で高いびきをかいていました。
このようなことは、単なる生活習慣の違いであって、他人を家畜視しているとかしていないといったことと何の関係もないことは申し上げるまでもありません。「アーロン収容所」に出てくる似たようなくだりについても同じことがいえます。
私自身、しばらくすると、トイレに入って腰掛けて、たとえ掃除の人が入ってこようと平常心を保てるようになりましたし、寮の個室で、いつも熟睡できるようになったものです(注4)。
(注4)ただし、会田の「イギリス人の性的エネルギーのたくましさには、私たちはただ驚き呆れさせられることが多かった」という感想(101頁)は正しい。ただし、「イギリス人の」を「日本人以外の」に読み替えなければならない(コラム#276、807)。この点では間違いなく日本人は世界で最もユニークな存在であり、この限りにおいては、動物からの進化の度合いが最も進展している人々なのだ。
(続く)