太田述正コラム#10682006.2.2

<私のビル・ゲイツ論・・学問論の観点から>

1 始めに

 企業家(entrepreneur)には、新製品をつくり出す人と、新ビジネスモデル(better way to operate a businessをつくり出す人の二種類がありますhttp://www.econedlink.org/lessons/index.cfm?lesson=EM264&page=teacher。2月2日アクセス。

 マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ(William Henry Gates III1955年?)は前者の典型であり、だからこそ、彼は学問を習得する必要がなかった、というのが本稿で私が言いたいことです。

2 ビル・ゲイツの自己認識

 企業家として成功するための秘訣について聞かれたビル・ゲイツは、こう答えています。

 「私は自分自身を企業家だと思ったことはない(注)。私はソフトウェアを愛し、ソフトウェアによって色んなことができるのが面白くて仕方がなかった。私は会社を大きくしようとか利益をあげようとか考えたことがない。私は友達に私の会社に来てもらって一緒に働きたかったし、自分自身が個人的に使いたい製品をつくりたいと思ったということだ。これが企業家になりたい人への私の助言だ。要するに、社会に貢献できるあなたならではの分野、かつ毎日働くことが楽しい分野、を選びなさい。・・<さもなければ>大学は卒業しなければいけません。・・私は<たまたまハーバードを休学することになったけれど>依然休学中でいつ復学するかまだ予定が立っていない、というだけのことだ。」

(以上、http://www.microsoft.com/billgates/speeches/2000/09-13malaysia.asp(2月2日アクセス)による。)

(注)マイクロソフト(後述)は、数千の特許を有するが、ゲイツ自身、9つの特許を持つ(http://en.wikipedia.org/wiki/Bill_Gates。1月30日アクセス)。

この発言の大意を私は、「起業家として成功する秘訣は?→新製品をつくり出す事業家(事業家らしからぬ事業家)として成功したいのなら私を見倣いなさい。他方、新ビジネスモデルをつくり出す事業家(事業家らしい事業家)として成功したいのなら、まず大学を卒業しなさい。私自身、事業家らしい事業家になるためにもいつか大学を卒業したいと思っている」、であろうと解釈しています。

3 検証

 以上で本稿を終えてもいいのですが、若干の検証をしてみましょう。

 ゲイツは、中学校時代から、ソフトウェア作りにのめりこみ、高校時代には、それで金を稼ぐまでになっていました(http://ei.cs.vt.edu/~history/Gates.Mirick.html。1月30日アクセス)。ここから、ソフトウェア作りには学歴(学問)などいらないことが分かります。

 ゲイツの人生の大転機となったのは、ハーバード大学に入って間もない頃に出現した、世界最初の小さいコンピューター(microcomputer)です。ゲイツは、一人一台のパソコンの時代が早晩到来することを確信し、このコンピューターのためのOS(大きいコンピューターのOSであるBASICの流用版)をただちにつくり、これを契機に大学をドロップアウトし、マイクロソフト社を起こします(http://www.microsoft.com/billgates/bio.asp。2月2日アクセス)。

 これはゲイツが、中学校時代から、大きなパソコンを他人とシェアしなければならならず、独占的に好きなだけ使えないことに大きな不満を持ち続けてきただけに、パソコン時代が早晩到来し、好きなだけコンピューターが使え、ソフトウェア作りに没頭できるようになる、と考えただけで有頂天になったということだ、と思うのです。そして自分がつくったソフトウェアが搭載されたパソコンで、他の人々にも自分が味わうのと同じような喜びを味わって貰いたい、と考えたに違いありません。

 その後いよいよIBMが世界最初のパソコンをつくり出すと、ゲイツは、他社によってパソコン用に開発されたOSをマネしてマイクロソフトでつくったOSであるPC-DOSをひっさげて、この会社を出し抜き、IBMと契約することに成功します。この時、ゲイツはPC-DOSIBMに売らず、リースする契約を締結します(http://www.findarticles.com/p/articles/mi_m0DTI/is_12_27/ai_58055764/print。2月2日アクセス)

 このことが、コンピューター本体(ハードウェア)に依存しない、ハードウェアとは別個のソフトウェアという概念の生誕、ひいてはソフトウェア産業という新しい産業の生誕につながった、とされています(findarticles上掲)が、私に言わせれば、これは結果論なのであって、ゲイツは単に、自分が陣頭指揮をして開発したOSを引き続き自分達の手で改良していく楽しみを奪われたくなかっただけのことではないでしょうか。

 しかしリース契約だったおかげで、IBMパソコンをマネしたパソコンが出現すると、マイクロソフトは、PC-DOSとほぼ同じOSであるMS-DOSを、これらの会社に次々とリースしていくことが可能となり、マイクロソフトは売り上げをどんどん伸ばしていくことになるのです(http://en.wikipedia.org/wiki/Bill_Gates。1月30日アクセス)。

 それ以降、Windowsの開発と大当たりによってマイクロソフトは、世界的大企業へと成長を遂げるわけですが、そのあたりのことは、皆さんよくご存じでしょうから省略します。

 驚くべきことは、マイクロソフトが世界的大企業になったというのに、その組織が、創業時のままの単純で階層の少ない形のままであることです(findarticles前掲)。

 事業家らしからぬ事業家・・発明家・・たるゲイツの面目躍如、といったところですね。