太田述正コラム#1123(2006.3.14)
<無惨なるかな日本(その4)>
3 在日米軍再編のおろかしさ
(1)序に代えて・・BSE問題への違和感
ドバイの会社による米国の港湾管理問題で露呈したのが米国民の国家安全保障ヒステリー(プラス人種差別意識)だとすれば、BSE問題で露呈しているのは日本国民の食の安全保障ヒステリー(プラス対米オブセッション)です。
BSE問題では、日本側の言い分に理はありません。
なぜならば、
・グローバル・スタンダードをはるかに超える安全措置(全頭検査!)を自国で実施している
・にもかかわらずそれ以下の措置を米国に求めるという妥協をした。それでいて依然グローバル・スタンダードを超える措置をとることを米国が約束することにこだわった
・ところが、これだけ食の安全保障(とりわけ牛肉に係る安全保障)を重視していながら、それ以外の生活安全保障には余り関心がない。救急ヘリ一つとっても、ほとんど確保されていない。ちょっと次元は違うが、児童虐待対策は微温的だし、家庭内暴力に至ってはまだほとんど放置されていると言ってよい(http://www.guardian.co.uk/japan/story/0,,1727779,00.html。3月11日アクセス)。
・とりわけ、国家安全保障に全くと言ってよいほど関心を持っていない
・総じて言えば、日本国民のリスク(回避)選好度に首尾一貫性が全くない
からです。(以上、家庭内暴力以外は典拠省略)
当然、米側は日本側の言い分には全く理がないと思っています。
だからこそ、日本との約束に反して、「単純ミスで」骨付き肉が混入した形で牛肉を日本に輸出したり、三頭目のBSE牛が米国で確認されたというのに、米農務省当局がむしろ米国でのBSE安全措置のレベルを下げる意向を平気で表明したりするのです(http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060314k0000e030005000c.html。3月14日アクセス)。
日本国民が、食の安全に関し、独りよがりの主張は取り下げて、グローバル・スタンダードを尊重しない限り、この日米間の軋轢は解消しないでしょう。
より深刻なのが、国家安全保障に関する日本国民の意識のグローバル・スタンダードからの乖離です。
(2)在日米軍再編の二つの目玉への疑問符
在日米軍再編の二つの目玉は、在日米海兵隊の司令部等のグアム移転と、横須賀を母港とする米空母の艦載機部隊の岩国移転です。
このどちらも、軍事合理性の観点からは疑問符がつきます。
在日米海兵隊の司令部等のグアム移転問題から始めましょう。
最新の戦史である対イラク戦の戦史が教えるところは次のとおりです。
中東を所管する米中央軍は、平時には米フロリダ州タンパに司令部が置かれていますが、2003年の対イラク戦の際には、カタールに進出しました(フランクス(Tommy Franks)司令官)。対イラク戦の地上実働部隊をとりしきる司令部(マッキァーナン(David McKiernan)司令官)は、イラクに接するクウェートに置かれました。
両司令部はこんなに戦場に近かったというのに、対イラク戦を実際に戦った米地上実働部隊(ウォラス(William Wallace)米陸軍第五軍団司令官、等)とクウェートの上記司令部、このクウェートの司令部と中央軍司令部、更には中央軍司令部とペンタゴンとの間で、深刻な戦況認識の齟齬が生じたのです(注4)。
(以上、http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1729806,00.html(3月14日アクセス)による。なお、フセイン政権側も、誤算続きだったことについては、http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1729927,00.html(3月14日アクセス)参照。)
(注4)対イラク戦開戦後、予想しなかったことに、米地上部隊は、イラクの非正規部隊たるフェダイーン(Fedayeen)の兵站線等への攻撃に悩まされた。一週間ほど経った時点で、イラク内の海兵の実働部隊の情報士官から、「フェダイーンに対して、米軍は大兵力で根絶やしにしないと、バグダッドが陥落した後も彼らによる攻撃は続き、イラクの安定化が妨げられることは必至だ」という情勢分析が上級司令部に上申された。同じ頃に上記ウォラス将軍は、ニューヨークタイムスとワシントンポストの記者に、「われわれが戦っている敵は、非正規部隊なので、ウォーゲームで訓練した相手とはちと違う」と語った。フランク将軍は、このウォラス発言は自分の立てた作戦計画への異議申し立てだと怒り、彼を馘首しようとした。イラク内に入って陸軍と海兵の実働部隊の司令官らと会議を行い、ウォラス将軍と同じ認識を持つに至り、バグダッド進撃を遅らせる決定をしたばかりのマッキァーナン将軍が、あわててとりなしてウォラスの馘首は撤回された。それでも腹の虫の治まらないフランク将軍は、マッキァーナン将軍の司令部に乗り込み、米地上部隊の司令官らは臆病だとどやしつけた。その後、バクダッド陥落が目前に迫ると、ラムズフェルト米国防長官は、予定されていた第一騎兵師団16,000人のイラク投入の撤回を指示した。フランク将軍は、不満だったが、この指示に従った。マッキァーナン将軍は、全く相談にあずからなかった。後から考えれば、第一騎兵師団込みでも総兵力が不足していたというのに、更にこの師団の投入まで撤回したことは、大変なミスであり、戦後の(元フェダイーン要員を中心とする)不穏分子の跳梁やバグダッド等の治安の悪化がもたらされる原因となったと言えよう。
(続く)