太田述正コラム#1362(2006.8.1)
<イスラエルの反撃の均衡性をめぐって(続)(その2)>
(現在のオフ会出席予定者数は4名です。後一声、出席者を募ります。)
3 一般住民殺害は当然?
いささかショッキングな小見出しをつけましたが、一般住民(非戦闘員)に危害を及ぼすことを禁ずる現在の国際法が間違っているのかもしれない、という視点も必要ではないかと思うのです。
というのは、人類史をひもとけば、戦争には非戦闘員殺害等が伴う方が通常だからです。
12??13世紀のジンギスカンの軍隊は、抵抗した都市の住民を皆殺しにしたものです。
古代ローマは「蛮族」と戦う時は、非戦闘員から掠奪し、非戦闘員を強姦し奴隷化するのが当たり前でした。
法王ウルバン(Urban)2世が11世紀に十字軍を「企画」した目的の一つは、戦争を日常としていた荒くれた旧ゲルマン戦士たる領主や騎士達を聖地の掠奪へと送り込むことによって欧州において横行していた非戦闘員殺害等を若干なりとも減らすことでした。
また、欧州において16世紀から17世紀にかけて頻発した農民戦争や宗教戦争の実態は、戦闘員も非戦闘員も区別なく、相互に殺戮し合うという血腥いものでした。
欧州・イギリスにおいて、この状況を一変させる契機となったのは、17世紀前半のイギリスの内戦(1642??49年)でした。
クロムウェル(Oliver Cromwell)は、自分の率いた、反チャールス1世の新型軍(New Model Army)の兵士達に制服を着せ、兵士達が武器をもって逃亡して治安を乱すことを防止するとともに、兵士達が非戦闘員に乱暴狼藉を働くことを厳禁しました。その目的は、軍隊の規律を確保するとともに、イギリスの一般住民を自分達の味方に惹き付けることでした(注2)。
(注2)このクロムウェルの一般住民保護方針は、イギリスと同君連合のスコットランドや、イギリスの植民地(でカトリック教徒の多い)アイルランドには全く適用されなかった。
チャールス1世シンパの多いスコットランドやアイルランドで叛乱が起こった時には、クロムウェルは容赦なくこれらの叛乱を弾圧し、アイルランドでは当時の総人口の40%を殺害した。
(http://britannia.com/history/monarchs/mon48.html
。8月1日アクセス)
国王チャールス1世が処刑されるというこの内乱の結末は、欧州の領主達を震撼させたに相違なく、新型軍についても彼らによって熱心に研究されたに違いありません。
こうして、17世紀から18世紀にかけて、欧州各地においても、制服を着た、非戦闘員に乱暴狼藉を働かないプロの軍隊が出現します。その代表的な存在がフリーデリッヒ大王率いる18世紀のプロイセン軍であり、この軍隊によって小国プロイセンはあっという間に欧州の強大国へとのし上がるのです。
しかし、このプロの軍隊による制限戦争の時代は、欧州・イギリスにおいて、ひいては世界において1世紀くらいしか続きませんでした。
米独立革命(注3)やフランス革命を契機に、国民皆兵による総力戦の時代がやってきたのです。
(注3)米独立戦争の過程で、北米植民地の叛乱軍は、英本国シンパと目された一般住民に対し、掠奪・殺害等を、とりわけハドソン渓谷や南部諸州で盛んに行った。
論理必然的に、戦争は、再び非戦闘員を巻き込むものへと戻ったわけです。
ところが、国際法においては、戦闘員と非戦闘員を峻別し、後者を保護するという新型軍的な考え方生き残り、現在に至っています。
このような考え方は、上述したように、17世紀のアングロサクソン(の内戦)に由来するだけに、先の大戦においては、米英は、国際法など何のその、「柔軟」にこのような考え方を超越し、日本とドイツの都市に、一般住民の大量殺戮を目的とした戦略爆撃・・原爆投下を含む・・を敢行したわけです(注4)。
(注4)他方、興味深いことに、ナチスドイツ軍は先の大戦において、プロイセン軍以来の伝統を守り、電撃戦(blitzkrieg)なる制限戦闘を旨とし、戦闘の過程においては、米英に比較して、非戦闘員殺害は余り行わなかった。ホロコースト等は戦闘外で行われたものだ。
にもかかわらず、戦闘員と非戦闘員を峻別し、後者を保護する国際法が生き残ることになったのは、たまたま、先の大戦における戦略爆撃が、敵の戦争意思と能力を減殺するという役割をほとんど果たさなかったという事実が判明したため(コラム#831)です。
ところが、非戦闘員の積極的・消極的協力の下、非戦闘員を楯として非対称戦争を正規の軍隊に対してしかけるゲリラ・テロリストが横行し始めた現在、このような国際法は、根本的な見直しを迫られている、というのが私の考えです。
なぜなら、このようなゲリラ・テロリストと戦うためには、非戦闘員をも攻撃の対象とするほかないからです。
(以上、特に断っていない限り
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-op-carr30jul30,0,5338716,print.story?coll=la-opinion-center(7月31日アクセス)によるが、私見を大幅に付け加えた。)
(続く)