太田述正コラム#1394(2006.9.1)
<20世紀における米国の対黄色人種戦争(その1)>(有料)(2007.2.21公開)

1 始めに

 20世紀の米国による米比戦争(The Philippine-American War。1899??1902年)・第二次世界大戦(1939??45年)・ベトナム戦争(米国から見て1959年ないし1965年??73年。
http://en.wikipedia.org/wiki/Vietnam_War
)、の三つの共通点は何でしょうか?
 答えは、この三つは、現在進行形の米国が従事している対テロ戦争の正当化に使われている前例たる戦争であるということです。
 米比戦争は自由民主主義の普及のための戦争であり、第二次世界大戦はファシズムの脅威から自由民主主義を守るための戦争であり、ベトナム戦争は共産主義(スターリニズム)の脅威から自由民主主義を守るための戦争であると規定した上で、対テロ戦争は、ファシズムないしスターリニズムの後継であるイスラム・ファシズムから自由民主主義を守るための戦争である、というのです(注1)(注2)。

 (注1)第二次世界大戦(ナチ)とベトナム戦争(共産主義者)を引き合いに出したと考えられるものにブッシュ演説
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-083106bush,0,3678411,print.story?coll=la-home-headlines
(9月1日アクセス)がある。
 (注2)米比戦争及びベトナム戦争を引き合いに出した論考として、
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-weiner30aug30,0,1012068,print.story?coll=la-opinion-rightrail(8月31日アクセス)
がある。

 不思議なことに、朝鮮戦争(1950??53年)がこの種の議論に登場してきたためしがありません。
 恐らくそれは、一つには、上記の三つの戦争に比べて朝鮮戦争ははるかに短時間で停戦に至った戦争だからであり、もう一つには、上記の三つの戦争は米国が積極的に関わった戦争であるのに対し、朝鮮戦争は、北朝鮮の一方的侵略から始まったところの、米国が消極的に関わった戦争だからではないでしょうか。

2 米国の三つの対黄色人種戦争

 さて、第二次世界大戦と総称される戦争は、欧州戦域と東アジア戦域においてそれぞれ戦われた全く性格の異なった二つの戦争の複合体であったと私は考えています。
 すなわち、前者は(敵の敵である)スターリニズム勢力と手を組んだ米国(と英国)がファシズム勢力と戦った戦争であるのに対し、後者(1941??45年)は(敵の敵である)ファシズム勢力(中国国民党)及びスターリニズム勢力(中国共産党/ソ連)と手を組んだ米国(と英国)が日本と東アジアの覇権を争った帝国主義戦争であった、と私は考えているのです。
 後者には大東亜戦争ないし太平洋戦争という名前がついているのはご承知のとおりです。
 そこで、第二次世界大戦を、太平洋戦争で置き換えて、冒頭の三つの戦争をもう一度列記すると、米比戦争・太平洋戦争・ベトナム戦争、となります。
 この三つの戦争における、フィリピン・日本・ベトナム側の死者の数は、それぞれ、25??100万人、300万人(注3)、200??400万人、計525??800万人です。他方、米国側の死者の数は、4,324人、10万6,207人、5万8,209人(このほか、韓国軍5,000人、豪州軍520人)、計15万8,740人です(http://en.wikipedia.org/wiki/Philippine-American_War
http://en.wikipedia.org/wiki/World_War_II_casualties#fn_AtlasHol
http://en.wikipedia.org/wiki/Vietnam_War
(いずれも9月1日アクセス))から、この三つの戦争は、いずれも米国による黄色人種の一方的屠殺であったと総括してもよいでしょう。

 (注3)概数なので、英豪軍やソ連軍や1945年以降の支那軍による死者を含むと考えても含まないと考えてもよい。
 
 この三つの戦争は、いずれも全く無意味な戦争でした。
 まず、米比戦争については、そもそも自由民主主義確立の必要条件は国の独立であるところ、米国は米西戦争(1898年)において、スペイン統治時代から独立をめざして闘争を続けてきた勢力と手を携えてスペインをフィリピン植民地から追い出したというのに、その後手のひらを返すようにフィリピンを自分の植民地にしようとしたために、米国とこの勢力との間で戦いが起こったものであり、自由民主主義を普及しようとしたなどと口にするのもはばかられる無意味な戦争でした。
 こんな無意味な戦争を米国が行い、その戦争に勝利した米国がフィリピンを植民地にしたために、フィリピンの自由民主主義化は遅れに遅れ、自由民主主義のがまがりなりの定着すら1986年のマルコス政権打倒を待たねばならなかった
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-weiner30aug30,0,1012068,print.story?coll=la-opinion-rightrail
前掲)のです。
 次に太平洋戦争ですが、第二次世界大戦の中心であった欧州戦域における戦いは自由民主主義勢力とファシズム勢力との間の戦争だったのですから、太平洋戦争では、互いに自由民主主義勢力である米国と日本が戦ったという点だけで、これが無意味な戦争であったことは明白です。
 こんな無意味な戦争を米国が行って勝利したために、戦後、支那までスターリニズム勢力に取り込まれてしまい、支那及び朝鮮半島就中北朝鮮の人々は辛酸を舐めることとなり、半世紀近くを要してようやくロシアをスターリニズム勢力から脱落させることに成功したとはいえ、いまだに支那はスターリニズム勢力の残滓の支配にゆだねられたままです。
 また、ベトナム戦争については、米国が、ベトナム共産党(北ベトナム・ベトコン)が、少なくとも当時はナショナリズム勢力であった(注4)のにスターリニズム勢力と誤認し、1956年に予定されていた南北統一選挙をベトナム共産党勝利が必至であるとして回避させた(コラム#1193)ため正統性がなく、かつ腐敗していた南ベトナムの側に立ってベトナム共産党と戦った無意味な戦争でした。

 (注4)1954年のフランス軍とのディエンビエンフー(Dien Bien Phu)の戦いを勝利に導いた人物として、かつ、ラオスとカンボディアを通って北ベトナムと南ベトナムとを結ぶ軍事補給路たるホーチミンルートの発案者、ひいてはベトナム戦争を勝利に導いた人物として知られるボー・グエン・ザップ(Vo Nguyen Giap)将軍自身がそう示唆している(
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,1858255,00.html
。8月26日アクセス)。

 もっとも、ナショナリズムの弊害はスターリニズムに比べれば小さいとはいえども、欧州文明由来の病理である点には変わりはないのであって、米国は戦争を始めた(戦争に介入した)以上は勝利すべきであったのに、勝利目前で撤退するという愚行を犯し(コラム#619、856)、その副作用としてカンボディアがスターリニズム勢力にのっとられ、ポルポト政権の下でカンボディア国民が100万人も虐殺されるという悲劇が起きるのです。

(続く)

訂正:ブッシュの言及していたのは冷戦かhttp://www.csmonitor.com/2006/0907/p03s03-usfp.html。9月7日アクセス