太田述正コラム#1679(2007.3.3)
<慰安婦問題の深刻化>
1 始めに
「安倍晋三首相は1日夜、従軍慰安婦問題を謝罪した1993年の河野洋平官房長官談話について「当初定義されていた強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実だ」と述べ、旧日本軍が従軍慰安婦を強制的に集めて管理した証拠はないとの認識を示した。
また、談話見直しの必要性に関しては「定義が大きく変わったことを前提に考えなければならない」と語り、否定しなかった。首相官邸で記者団の質問に答えた。ただ、この発言について首相周辺は「国会で答弁した通りのことを言っただけで、これまでの政府方針と何も変わっていない」と指摘、同談話の見直しを表明したものではないと強調。塩崎恭久官房長官も同日の記者会見で「談話を受け継いでいくのが政府の立場だ」と語った。」と時事通信は報じました。
この安倍発言が、慰安婦問題を一挙に深刻化させています。
2 英米での反響
安倍発言に対し、英BBC電子版(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6414445.stm
。3月3日アクセス)は、慰安婦の強制連行があったかどうかについて、安倍首相が、強制があったことを証明する証拠はないと語ったことが韓国で怒りを呼んでいる、と報じています。
そして、韓国の外相の、安倍首相の発言は日韓の両国関係の改善を図る上で有益ではなく、日本は事実を直視しなければならない、という声を紹介しています。
ところでこの記事は、「歴史学者達は、少なくとも20万人の女性が第二次世界大戦中に日本軍の売春宿で強制的に奉仕をさせられたと考えている」、「慰安婦・・の大部分は朝鮮半島と支那出身だ」、「三人の元慰安婦が米国<下院の>聴聞会で、日本軍兵士達の手によって彼女たちが被った強姦や拷問について証言をした」とも記しています(注1)。
(注1)本件で、BBCは掲示板を開設しているが、投稿は強く日本政府を批判するものばかりといっても過言ではない。そこで、
Before arguing, please recognize basic facts, folks. Japan had authorized brothels then. Japanese Imperial Army’s policy was that authorized brothels should be established around the military bases abroad so that rapes against the natives by their soldiers would be prevented.Total numbers of such prostitutes were about 20,000, of which 70% were Japanese, 20% were Korean, 10% were Chinese.Those Prostitutes were all paid lavishly.
とまず軽く投稿したが、(審査にかけてから採用の可否を決めるというふれこみであったところ、)7時間経った現在、まだ掲載されていない。議論のバランスをとる上でも、BBCの対応に猛省を促したい。
こういった杜撰な報道ぶりは、英米のメディアに共通して見られるところです。
2日付のロサンゼルスタイムス電子版は、「大部分の歴史学者達や日本政府自身が、軍部が業者と一緒になって、アジア全域の約20万人の女性に強制的に部隊に対してセックスを提供させたという結論を下している」と報じていますし、2日付でAP通信(ワシントンポストが使用)は、「歴史学者達は、大部分が朝鮮半島と支那出身の約20万人の女性がアジア全域の日本軍の売春宿において、1930年代から1940年代にかけて奉仕させられたと指摘している。多くの女性達は、日本の部隊によって自分達が誘拐されて性的奴隷になることを強制されたと言っている」と報じ、日本国内で「誘拐」された韓国人の元慰安婦の体験談を紹介していますし、同じく2日付のニューヨークタイムスは、「歴史学者達は、大部分が朝鮮半島と支那出身の約20万人の女性がアジア全域の日本軍の売春宿で1930年代から1940年代にかけて奉仕させられたと指摘している。証人や犠牲者達や元日本兵の一部は、女性達の多くが誘拐ないし強制され、多数の兵士達に毎日強姦されるべく、売春宿に送り込まれたと証言している。」と報じ、現地で強姦され「誘拐」されたフィリピンの元慰安婦の体験談とフィリピンの国会議員の怒りの声、そして中共で慰安婦の調査をした上海師範大学中国慰安婦研究センター所長(the director of the Chinese Comfort Women Research Center at Shanghai’s Normal University)の蘇智良(Su Zhiliang。女性)教授の安倍発言批判、を紹介しています。
(以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-japan2mar02,0,7484156,print.story?coll=la-home-headlines、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/03/01/AR2007030101498_pf.html、
(どちらも3月3日アクセス)、
http://www.nytimes.com/aponline/world/AP-Japan-Sex-Slaves.html?ref=world&pagewanted=print(3月2日アクセス)による。)
3 感想
英米のメディアでは、慰安婦の数が20万人ないし少なくとも20万人であった、慰安婦の大部分が朝鮮半島と支那出身であった、その多くが日本軍によって強制連行された、1993年の河野談話で日本政府が軍による強制連行があったことを認めて謝罪した、という観念が確立していることが分かります。
日本政府は早急に、次のような趣旨を盛り込んだ声明を、詳細な資料を添付して発表すべきです。
第一に、慰安婦の数が約20万人ないし少なくとも20万人というのは多すぎる。日本の学者は、日本大学の秦郁彦教授(注2)が2万人説、中央大学の吉見義明教授が5??20万人説をとっている。中共の蘇智良教授は支那人だけで20万人としているが荒唐無稽な数字である。
(注2)秦教授は、かつての私の勉強会仲間だ。
第二に、秦郁彦教授は、慰安婦のうち約70%が日本人、約20%が朝鮮半島出身者、約10%が支那出身者であるとしている。
第三に、多くが日本軍によって強制連行された、という事実はない。兵士による女性の誘拐や強姦は違法行為であり、発覚すれば罰せられた。また、業者が誘拐まがいのことをしないように日本軍は指導していた。なお、慰安婦は高額の給料をもらっていた。
第四に、河野談話は軍が強制連行を行ったことを認めたものではない。当時謝罪したのは、業者に誘拐まがいのことをやられて慰安婦にさせられた等、意に反して慰安婦となった女性達がいたであろうことに対してである。(日本政府のイニシアティブで、民間から寄付を募って「女性のためのアジア平和国民基金」を設立したが、これは賠償する、という趣旨ではない。)
(以上、秦郁彦『慰安婦と戦場の性』(新潮選書1999年、及び
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E8%A6%8B%E7%BE%A9%E6%98%8E
3月3日アクセス)による。)
<島田>
(コラム#1676をめるぐ投稿参照)
> せいぜい125人しか読んでいないのだから、不思議ではありません。
> どうせなら、「米国によるイラン攻撃はないと言い切った」とか、125人以外にも分かる形で、紹介していただきたいですね。
イランの分析と「強制従軍慰安婦」問題のコラムは、無料公開したらどうでしょう?
<太田>
無料読者の数の維持・将来の有料読者の確保、に対するところの、現在の有料読者の囲い込み、のバランスをどうとるか、という悩ましい問題です。
時事的なコラムの即時公開は、情報屋台上梓コラムに限る、という原則は維持したいと思います。
ただ、要約無料版の公開は考慮すべきかもしれません。
時事的なコラムに限って、要約無料版の公開を再開しますかね。
私の負担が大変ですが・・。
以前、お願いしたように、無料読者のどなたかで、有料読者扱いにさせていただくのと見返りに、一定期間、すべてのコラムの要約無料版の作成、アップロードをやっていただける方はおられないものでしょうか。
慰安婦問題に関するBBCの掲示板は、
http://newsforums.bbc.co.uk/nol/thread.jspa?sortBy=1&threadID=5711&start=135&tstart=0&edition=2&ttl=20070304000554&#paginator
です。
先ほど覗いてみたら、延々と議論が続いており、日本人の投稿(大部分は安倍発言擁護)がなされていました。
しかし、私の投稿は採用されていません。
誰も、すべての慰安婦がlavishly paid であった事実を踏まえて議論していません。それだけでも、私の投稿は意味があったと思うのですが・・・。
<島田>
あまりにも彼らの「常識」からかけ離れていたのでしょうか?
urlのソース付で提示しないとダメなのではないでしょう。
掲示板はあまり生産的ではないですね。
<読者MT>
太田さんにしても、慰安婦問題を単独に考え事実関係から虚偽としていますが、強制連行が事実かどうかは無関係で単なる政治的問題なのではありませんか。河野談話自体が政治的解決(その場限りですが。)に他なりません。
日本政府は6者協議で拉致問題に進展がなければ支援はしないとしています。これでは米中韓ともに都合が悪いわけですから、慰安婦問題を人道的、倫理的により悪辣であるとし、拉致をうやむやにせよという政治的な駆け引きに思えるのですが。
現に外相は拉致に進展がなければ1ドルも出さないとしていますから、「進展」があれば援助するのであり、最初から腰が引けています。米下院と米政府が連携しているとするのはかんぐりが過ぎるかも知れませんが、阿吽の呼吸もあるのではありませんか。知米派としてはどうでしょうか。
<太田>
国連に提出された例の悪名高い報告書が、米英のメディアの種本なのかもしれませんね。
とにかく、ここまで出鱈目な話を流布させたままにしておいた日本政府の責任は重大です。
一つほっとする材料は、英ガーディアン電子版が、このところの慰安婦問題について、完全に無視していることです。私は、ガーディアンの見識であると受け止めています。
いずれにせよ、ブッシュ政権と米議会と米メディアの三者が結託して日本を拉致問題からおろそうとしているという見方は、国を網羅した陰謀など米国では不可能だ、と考えている私からすれば、ありえない話です。
それに、仮にそんな陰謀があったとしても、英BBCまでがそれに加担するわけがありません。
ところで、韓国の反応には興味深いものがあります。
河野談話が出た背景を、当事者であった韓国政府は百も承知しているためでしょうか、今一つ安倍発言批判に腰が引けているように思うのですがいかがですか。
面白かったのは例によって朝鮮日報です。
安倍発言とそれに対する韓国の外相や外交通商部の批判を淡々と紹介した
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/04/20070304000025.html
だけで、この件について論説的なものは一切掲げないばかりか、生存している韓国の元慰安婦の現在の収入状況の調査のいい加減さを批判する記事
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/03/20070303000031.html
を、あえて同日付の日本語電子版に掲載しているからです。
これは、韓国政府が、現在の自国の元慰安婦に関する事実すら的確に把握していないのだから、戦中の慰安婦に関する事実などまるで把握していない可能性が高いことを読者に訴えようとしている記事である、と私は解釈しています。