太田述正コラム#1764(2007.5.10)
<米国とは何か(続々)(特別編2)>(2007.6.9公開)
1 始めに
前に(コラム#1043や1045で)、いかに米国人がイギリス人に頭が上がらないかお話ししたことがありますが、それは米国の元首であるブッシュ大統領と言えども同じです。
先般、ブッシュがエリザベス女王をホワイトハウスに迎えた時に何が起こったか、ご披露しましょう。
2 ホワイトハウスでの椿事
ブッシュ大統領はエリザベス女王歓迎スピーチで、同女王が「1976年に」と言うべきところを、「1776年に」米国建国200年記念行事に出席した、と言い間違ってしまったのです。
この誤りに気付いたブッシュは、女王にウィンクをしてその場を取り繕おうとしました。女王にウィンクするなど前代未聞なのですが、女王は一言、「年をお間違いになったわよ」とつぶやいただけでした。
ブッシュはいよいよいけないと思ったのか、女王は自分に対して「<しくじった>息子に向ける母親のようなまなざしをされた」と述べたのです。
ところが、女王は、全く表情を変えませんでした。にこりともせず、また、一言も発しなかったのです(注1)。
(注1)女王は、数日後の在米英国大使館での晩餐会の冒頭、「大統領閣下。乾杯の前に私が米国に1776年にやって来たと申し上げるべきかどうか考えた末、そうしないことにしました」と述べてみんなを笑わせた(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/6637505.stm
。5月10日アクセス)。
この光景を見ていた英BBCの記者は、ブッシュが女王に気圧されブルっていたように見えたと記しています。
3 ブッシュが震えるワケ
この記者は、考えられる理由として三つあげています。
第一に、米国は母国イギリスに虐待されて独立したことになっていますが、母親に虐待された子供だってその母親への思いが残っているものだ、というのです。
第二に、イギリスの歴史と比べれば、米国の歴史などその分枝に過ぎず、しかもイギリスは2,000年以上の歴史があるのに、米国の歴史はわずか200年余に過ぎないない、ということへの深刻なコンプレックスがある、というのです(注2)。
(注2)米国では、英国からの北米大陸への入植の歴史や独立戦争、或いは星条旗が生誕する契機となった米英戦争等、英国との関わりについて、歴史の授業でことこまかに子供達に教える。しかし、英国では、米国の独立など、長い歴史の中の一つの脚注程度の出来事に過ぎない。英国の中学校卒業時点までに米国の独立革命について学ぶ者は10%に満たない。そもそも、米国がかつて英国の一部だったことさえ知らない人が少なくない。英国では、1776年の米国の喪失に比べ、1947年のインド帝国の喪失の方がはるかに大きな出来事として受け止められている。(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/05/04/AR2007050402295_pf.html
。5月9日アクセス)
第三に、これはブッシュ特有の話ですが、ブッシュは父親には反抗できるけれど、母親には全く頭が上がらないのだというのです。
(以上、特に断っていない限り
http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/6637429.stm
(5月10日アクセス)による。)
4 コメント
私は、後二つ理由を挙げたいと思います。
一つは、「人間には、階層をなしている倫理感覚が備わっているが、どの階層の倫理感覚を現実に選択するかは文明によって決まっている。より「高い」(=普遍性のある)階層に属する倫理感覚を選択した文明を体現した人間に対しては、「低い」階層に属する倫理感覚を選択した文明を体現した人間は、意識するとせざるとにかかわらず、頭が上がらない(敬意を抱く)」という、私が以前(コラム#1046で)提示した仮説と関係しており、英国人は米国人よりも「高い」階層に属する倫理感覚を持っているのではないか、ということです。
もう一つはブッシュ特有の話であり、ブッシュのテキサス人的粗野さです。
ブッシュは、国連での昼食会の際、瓶から直接水を飲み、あわてたパウエル米国務長官(当時)が、それとなく注意したとか、昨年の世界の首脳との夕食会の際、パンをほおばりながらブレア英首相と話をし、また、メルケル独首相の肩に自分の肩をこすりつけながら食事をしたという人物であり(
http://www.nytimes.com/2007/05/05/washington/05queen.html?_r=1&adxnnl=1&oref=slogin&partner=rssnyt&emc=rss&pagewanted=print&adxnnlx=1178795087-gH1qaMS+Mrwb06JZgXLW/w
。5月10日アクセス)、間違ってもこんな行いが許されない女王への接遇で緊張しきったのではないか、ということです。
米国とは何か(続々)(特別編2)
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