太田述正コラム#1806(2007.6.13)
<防衛庁再生宣言の記述をめぐって(続)>
1 始めに
名誉有料会員のバグってハニーさんが、本件で掲示板に投稿されました。
そこで例によって、コラム仕立てにさせていただきました。
必要に応じ、掲示板を参照しながら、お読みください。
事柄の性格上、本篇も即時公開します。
2 バグってハニーさんの指摘
(1)ミリタリーバランスに関して
どうも、太田述正一番弟子のバグハニ、BHことバグってハニーです。先生すねちゃった みたいなので、まことに僭越ながら私の方からミリタリーバランスに関して補足説明させていただきます。(以下の議論は2002/2003年オンライン版を基にしています。「であ る、だ」調が意訳した引用部分になります。ちなみに私は英文を読むのは好きですが専門家ではないので用語がおかしな部分は訂正していただけるとありがたいです。)
まず、様々な兵器・用語をミリタリーバランスがどのように定義しているのかについて説明します。航空兵力(AIR FORCES)の冒頭には以下の文章が掲げられています。
「戦闘用航空機(combat aircraft)」という用語は空対空または空対地の兵装を通常装備している航空機を指す。その合計には主目的が兵器の訓練である機体、また、練習機で はあっても第一線の機種と同じタイプですぐに実戦投入可能とみなされる機体も含まれる。戦闘可能とみなした練習機はアスタリスクを付した。海軍の航空機であっても武装していれば合計に含まれる。(一文略)スクアドロン(飛行中隊)の強さは運用されている航空機、国によって異なる。
つまり、 戦闘用の兵装が積めればどんな機体でも戦闘用航空機とみなすということです。ガゼル論争において、太田氏は可能性を論じているからおかしい、という指摘が ありましたが、ある機種が現行でどのように運用されているかよりもむしろその機種で攻撃可能かどうか潜在性に基づいて数をカウントするというのがミリタ リーバランスのポリシーのようです。
次に「定義(Definitions)」です。
同じ機種ではあっても国によってその用途は様々である。そこでミリタリーバランスでは搭乗員がどのように訓練されているか、を主な鍵として用途を分類した。
固定翼機(Fixed Wing Aircraft)
戦闘機(Fighter)とは空中戦が可能な航空機を指す。多用途(Multi-role)航空機は配置時の用途に応じて戦闘対地攻撃機(fighter ground attack, FGA)、戦闘機(Fighter)、偵察機(Reconnaissance)などとした。
爆撃機(Bombers)(定義は省略)
回転翼機(Helicopters)
武装ヘリ(Armed Helicopters)(定義は省略)
輸送ヘリ(Transport Helicopters)(定義は省略)
武装ヘリはさらに用途に応じて以下に分類されます。
攻撃(Attack)ヘリは対装甲、対地、対空兵器を発射するための統合火器管制と照準システム(an integrated fire control and aiming system)を備えたものを指す。
戦闘支援(Combat Support)ヘリは、統合火器管制と照準システムを持たないが、地域制圧(area suppression)または自己防衛(self-defence)のための兵装はあるものを指す。
急襲(Assualt)武装ヘリとは部隊を戦場に送り届けるためのものを指す。
以上です。
(2)ガゼル論争
さて、以上を踏まえるとコラム#1804で太田氏がガゼルに関して主張していることが 両者の落としどころのような気がします。すなわち、「ミリタリーバランス2000-2001年版によれば陸自は英国の三分の一しか攻撃ヘリを保有していない」という記述は正しいが、「攻撃ヘリを対戦車機動攻撃力と読み替えた」のは間違いであったということです。というのはミリタリーバランスの定義では攻撃ヘリは必ずしも対戦車攻撃能力を有しているとは言えないからです。
しかし、ミリタリーバランスがなぜガゼルを攻撃ヘリに分類していたのかという疑問はまだ残ります。JSFと極東の両氏が今まで論じてきたこととミリタリーバランスの定義に照らせば支援ヘリとすべきような気がします。ちなみに 2002-2003年版ではガゼルは支援ヘリに分類されています。ただ、これは大田氏というよりはミリタリーバランスの問題ですよね。解釈変更は太田氏が 言うように何らかの理由があってのことでしょう。
(3)戦闘機論争
こちらの決着はまだまだつかなさそうですね。差し出がましい行為ですが…。
これは私の勘ですが、なんとなく太田氏が言う「戦闘機」とはFighterに対応する日本語ではなく、ミリタリーバランスが言う戦闘用航空機(Combat aircraft)のような気がします。大急ぎで著書をまとめたのと紙面に限りがあったせいで言葉をつづめちゃったのでしょうか…。
2002-3年版では戦闘用航空機は空自約280機に対してRAF332機と英国のほうが上回っています。
ただ、ミリタリーバランスに即して議論しろ、というのであれば戦闘機に関してもミリタリーバランスの定義に従うべきではないでしょうか。そうすれば、誰かの主観によらずに話をすっきりさせられると思います。
2002-3年版では戦闘機(FTR)は
空自9飛行中隊
内訳はF-15J 約130機からなる7飛行中隊とF-4EJ 約50機からなる2飛行中隊となっています。
一方のRAFは
FTR 5 sqn with Tornado F-3 (4 by Jan 2003) plus 1 flt in the Falklands
となっています。トーネードF-3からなる5飛行中隊とフォークランドの1フリートとなっています。(括弧書きは2003年一月までに4飛行中隊を整備したという意味でしょうか?スクアドロンとフリートの違いも誰か教えてください。)
FTRの項にはF-3を何機持っているかは書いてないのですが、もう少し下に行くとトーネードは計206機とされ、その内訳はGR-1または4 112機、F-3 94機、さらに括弧書きでGR 75機とF-3 20機が保管中となっています。
ということは空自が130+50=180機であるのに対してRAFは94機、保管機を入れても114機にしかならず、戦闘機の機数比較は太田氏の著作の二年後には日英の優劣が逆転しているということになります。
こんな感じでいいんですか?
3 私のコメント
(1)ガゼル論争について
>「攻撃ヘリを対戦車機動攻撃力と読み替えた」のは間違いであったということです。というのはミリタリーバランスの定義では攻撃ヘリは必ずしも対戦車攻撃能力を有しているとは言えないからです。
最初の頃ならともかく、今となってはそれで決着とは行かないのでは・・。
議論の焦点が英陸軍のガゼルに対戦車攻撃能力ありやなしや、になってしまっているからです。
ところで私は、議論の省力化の観点から、ガゼルに搭載できるのは機関銃とロケットポッドだけだ、というJSFさんらのご主張に乗っかって議論をしてきましたが、お示しの「攻撃ヘリ」の定義からしても、ガゼルが狭義の対戦車兵器に対応していなかったとは言い切れない可能性が残っています。
結局この話を完全決着させるためには、ガゼルに搭載されていたロケットポッドから発射できる弾に戦車の種類によってはこれを撃破できるものがあったか、と同時に、ガゼルが搭載していた「統合火器管制と照準システム」が狭義の対戦車兵器にも対応していなかったか、についても見極める必要がある、と思います。
せっかくこれだけ時間をかけたのですから、ぜひ、軍事愛好家の皆さんによって議論の決着を付けて欲しいものです。
いずれにせよ、拙著では、最初から「対戦車機動攻撃力」ではなく、「対装甲機動攻撃力」といった言葉を用いた方が適切であったと反省しています。
(2)戦闘機論争について
まず、瑣末なことから。
>トーネードF-3からなる5飛行中隊とフォークランドの1フリートとなっています。
ミリバラではfltはflightの略です(The Military Balance 2007 PP449)から、恐らく1飛行隊(飛行小隊)の意味ではないのでしょうか。
さて、ミリバラ2007によると、Fighter(戦闘機)とは、「空中戦のための兵器・アビオニクス・性能に係る能力を備えた航空機(aircraft with the weapons, avionics and performance capacity for aerial combat)」と定義されています(PP11)。定義の中にわざわざ「能力(capacity)」という言葉が入っていることから、ミリバラは、現実に空中戦のための兵器・アビオニクス・性能を備えていなくても戦闘機にカウントすることがある、と解釈する余地があります。私自身は、そのような広い意味で戦闘機という言葉を拙著で使ったつもりです。
ちなみに、このミリバラには、combat aircraft(戦闘用航空機)という言葉も登場し、その定義は「aircraft normally equippped to deliver air-to-air or air-to-surface ordnance. The ‘combat’ totals include aircraft in operational conversion units whose main role is weapons training, and traininng aircraft of the same type as those in front-line squadrons that are asumed to be avilabe for operations at short notice」(ミリバラ2000~2001 PP8)となっており、これが、バグってハニーさんご推察のように私自身の戦闘機のイメージに近いことは事実です。
しかし、この版のミリバラが、英軍と航空自衛隊に関して示す戦闘用航空機の総数、566機(PP82)と331機(PP201)のそれぞれの内訳がはっきりしません。例えば、航空自衛隊の方で、F-1と同じ機体であるT-2 41機を加えると、341機になってしまいますし、ここから偵察機であるRF-4E 20機を差し引くとすると今度は321機になっていまいます。
英軍の方は、戦闘用航空機とおぼしき機種が空軍と海軍にまたがっているだけでなく、もっと複雑怪奇です。
そこで、内訳をミリバラに即して説明できない数字を使うのをあきらめて、大急ぎで機数を自分で適宜カウントすることにした記憶があります。これがまずかったのかもしれません。
仮にミリバラに記されている戦闘用航空機の総数を用いることにすると、拙著の本文(40頁)の「日本の戦闘機の数は、英国の二.五分の一しかない。」は、「6割弱しかない。」に訂正されるべきである、ということになります。
防衛庁再生宣言の記述をめぐって(続)
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