太田述正コラム#14487(2024.9.28)
<皆さんとディスカッション(続x6032)/2024.9.28東京オフ会用メモ>

<TSY>

 ・・・あんな低レベルの校正に一項目ずつ返事をさせてしまって<(コラム#14485)>、恐懼で死んじゃうかもしれません。
● 前広
 前広は、僕は読んでいて躓きました(反射的に「ぜんこう」と読んじゃう)。なので、そういう人は多いのかなと思い、ちょっと表記を調べました。Casioの電子辞書に入っている精選版日本国語大辞典(親辞書が日本最大、おそらく最強の日本国語大辞典(小学館))の引用は「前ひろにかまへ」1658。「前びろに手形しゃう為に」1712.と二例とも開いていたので、たしかに、「びろ」とすると、?になる人が減るかなと考えました。
● GHQより昭和天皇と岸
 書いてみるもんですね。
 戦後の日本支配層の価値観を作るのに、GHQ成分は小さく、昭和天皇・岸カルト成分の方がずっと重い。
 原稿から「昭和天皇・岸カルト成分」については理解できているのですが、「重い」ということがわかってませんでした。
 指摘、ありがとうございました。
 遅ればせながら、太田さんが、国政参加を狙った理由も前よりわかるようになりました。
 米国の属国だけが日本だとすると、日本の国政から日本を変えることは困難ですが、国内事情で、軍事面の絶望的軽視に走っているのであれば、日本は変えられるかもしれない。
 脳死のウシの事例を読むと、脳死からの再起は、絶望的ですが、僕は自分と自分を成立させてくれている人間群を信じたい気持ちを捨てられません。

<太田>

 皆さん、とにかく、私に対し、コラムのことで、大小なんでも聞いたり文句をぶつけたりしてくださいね。

<太田>

 安倍問題/防衛費増。↓

 <所詮は三代目政治屋。石破は二代目政治屋。↓>
 「「最有力の首相候補」が”最下位のビリ争い”の大誤算…河野太郎氏・・・
 改革派を自称する河野氏が「派閥」に固執し、世襲政治家の意識を抜け出せなかったことに原因がある・・・」
https://news.livedoor.com/article/detail/27248465/
 <石破だって同じ穴の狢なのに、なんで一緒に取り上げないん?↓>
 「【自民党総裁選】「講演会に信徒が参加」高市早苗氏、「街頭演説で言及せず」小林鷹之氏…「推薦人に旧統一教会との接点」報道の2候補に「教団との向き合い方」を聞いた・・・」
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A%E7%B7%8F%E8%A3%81%E9%81%B8-%E8%AC%9B%E6%BC%94%E4%BC%9A%E3%81%AB%E4%BF%A1%E5%BE%92%E3%81%8C%E5%8F%82%E5%8A%A0-%E9%AB%98%E5%B8%82%E6%97%A9%E8%8B%97%E6%B0%8F-%E8%A1%97%E9%A0%AD%E6%BC%94%E8%AA%AC%E3%81%A7%E8%A8%80%E5%8F%8A%E3%81%9B%E3%81%9A-%E5%B0%8F%E6%9E%97%E9%B7%B9%E4%B9%8B%E6%B0%8F-%E6%8E%A8%E8%96%A6%E4%BA%BA%E3%81%AB%E6%97%A7%E7%B5%B1%E4%B8%80%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%8E%A5%E7%82%B9-%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%81%AE2%E5%80%99%E8%A3%9C%E3%81%AB-%E6%95%99%E5%9B%A3%E3%81%A8%E3%81%AE%E5%90%91%E3%81%8D%E5%90%88%E3%81%84%E6%96%B9-%E3%82%92%E8%81%9E%E3%81%84%E3%81%9F/ar-AA1riuLk?ocid=msedgntp&pc=U531&cvid=1bf57e843ff749988a9aa3ac56b7d878&ei=11
 <おさらい。↓>
 「・・・自民党と旧統一教会をめぐる「三つの問題」
まず、一つめに、旧統一教会は社会問題にまで発展した経緯を有する教団であるということ。
 特に高額の壺などを買わせる霊感商法は1980年代から問題になってきた。安倍元首相と面談した参加者の中には、そうした取引を指導ないし容認した中枢メンバーである、元教団会長の徳野氏やのちに教団世界会長になった宋氏らもいる。そうした団体幹部と、一国の首相やその補佐、実弟らが無警戒に会議を開いている構造にはかなり問題があるという。
 旧統一教会の合同結婚式の様子(Photo by gettyimages)© 現代ビジネス–
 二つめは、そもそも海外発の宗教団体の幹部らと秘密裡に選挙対策を話すこと自体が日本の国家安全上の問題があること。
 そして三つめは、自民党がこれまで「組織として旧統一教会に関わったことがない」と繰り返し主張していたこと。今回流出した写真や当時自民党総裁だった安倍元首相が選挙対策の相談を旧統一教会幹部と話していたという証言は、これまでの党としての主張を根本から否定するものとなる。・・・
 <ネトウヨに象徴される自民党支持者達が「劣等民族」だとすりゃ、そう吐き捨てた本人を含め「左」の連中は「列島民族」にたかるハエってとこね。↓>
 ところが、「ネトウヨ」と呼ばれる一部の保守的な人たちは、こうした一連の問題について、だんまりを決め込んでいるのだ。
「彼ら、彼女らは韓国や中国などが関わる問題があればすぐに飛びつき、SNSを通して攻撃的な発言をしています。時にXのトレンドに入るほど大騒ぎに発展することもありますが、今回、朝日新聞が報じた自民党と旧統一教会の問題に関しては声が小さい。日本の国益を損ないかねない重大問題なのに、保守の親玉である“安倍元首相”が関わっていると、なぜか黙り込んでしまう」・・・」
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%94%BF%E6%B2%BB%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%BE%E3%81%A7%E6%AD%AA%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A%E3%81%A8%E6%97%A7%E7%B5%B1%E4%B8%80%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%81%AE%E8%9C%9C%E6%9C%88-%E3%82%92%E6%89%B9%E5%88%A4%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1/ar-AA1rhjEa?ocid=msedgntp&pc=U531&cvid=63cf918fa6b14a25f743c659558e3197&ei=29

 ウクライナ問題。↓

 なし。

 ガザ戦争。↓

 <ナスララはどうなった?↓>
 After targeting Hezbollah leaders in Beirut, Israeli military says it is carrying out more strikes・・・
https://www.washingtonpost.com/world/2024/09/27/netanyahu-un-speech-israel-lebanon-hezbollah-hamas/

 それでは、その他の国内記事の紹介です。↓

 ガーディアンもNYタイムスも無視したね。
 三面記事にも値しないどーでもいい話って位置づけのようで・・。↓

 Japan’s scandal-hit ruling party picks next PM・・・
https://www.bbc.com/news/articles/cy89ez894rko
 Japan’s ruling party elects Shigeru Ishiba as new prime minister–Ishiba, who wants an “Asian NATO” to counter security threats from China and North Korea, is the Liberal Democratic Party’s new leader, replacing Fumio Kishida.・・・
https://www.washingtonpost.com/world/2024/09/27/japan-new-prime-minister-leader-shigeru-ishiba/
 <ところで、(吉田茂がキリスト教徒と言えるか疑問だが、)世界に誤解を与えることも含め、困ったもんだねえ。石破氏が加わって(下出)更に増えちまった。↓>
 「・・・日本の首相には意外にクリスチャンが多い。判明しているだけでも、戦前では原敬、戦後では吉田茂、片山哲、鳩山一郎、大平正芳、細川護熙、麻生太郎、鳩山由紀夫。戦前、戦後を通して首相の数は計62人。約13%の割合であり、日本全体の対人口比1%弱に比べるとかなり高い。・・・」
https://www.news-postseven.com/archives/20120604_113430.html?DETAIL

 ガーディアンは、こんな記事は載せてるってのに・・。↓

 How Japan’s humble onigiri took over lunchtimes around the world–For decades nori-wrapped rice dish was mainly a snack eaten at home or in a bento, but now it has come into its own・・・
https://www.theguardian.com/world/2024/sep/27/japan-onigiri-rice-boom

 NYタイムスは、こんな記事は載せてるってのに・・。↓

 10-Minute Challenge: Hiroshige’s ‘Sudden Rain’–We’d like you to look at one piece of art for 10 minutes, uninterrupted.・・・
https://www.nytimes.com/interactive/2024/09/26/upshot/ten-minute-challenge-bridge.html

 やったー。↓

 「6回無死二、三塁で54号3ラン、9月は10発目…打率.308で2位浮上–54号3ランを放ったドジャース・大谷翔平【写真:荒川祐史】・・・」
https://news.yahoo.co.jp/articles/1076eea02c4e23c6fb79aac694a00c630c43334b

 日・文カルト問題。↓

 <日韓交流人士モノ。↓>
 「BTSジョングク『Seven』のエクスプリシット・バージョン、日本レコード協会「プラチナ」認定・・・」
https://japanese.joins.com/JArticle/324264
 <片面的日韓交流人士モノ。↓>
 「MLB:大谷、メジャー23年ぶり1シーズン「400塁打」…ドジャースは地区優勝・・・」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2024/09/28/2024092880004.html
 「「大谷の50号本塁打、筋肉質の年配の男性が奪った」…提訴した10代の少年・・・」
https://japanese.joins.com/JArticle/324284
 <はいはい。↓>
 「韓国大統領府、石破首相誕生に「韓日関係の良い流れが続くだろう」・・・」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2024/09/28/2024092880017.html
 「韓国大統領室「日本新首相と緊密に意思疎通、韓日関係の前向きな流れに協力」・・・」
https://japanese.joins.com/JArticle/324282
 「石破氏が首相就任へ 韓国「韓日関係の前向きな流れのため協力」・・・」
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20240927002500882?section=japan-relationship/index
 「日本の新首相に「知韓派」の石破茂氏・・・」
https://www.donga.com/jp/article/all/20240928/5195707/1
<石破新総裁がキリスト教徒だってことを日本の主要メディアがスルーしてんのは困ったもの。↓>
 「<石破時代、韓日関係は>キリスト教信者で「靖国」とは距離…過去の問題で摩擦緩和か・・・」
https://japanese.joins.com/JArticle/324283
 <こういう記事をもっと書くべし。↓>
 「伝統を守るということ…日本の先例を調べてみると・・・」
https://japanese.joins.com/JArticle/324275

 中共官民の日本礼賛(日本文明総体継受)記事群だ。↓

 <人民網より。
 日本自身がいつまで経っても狼になってくれないもどかしさってところか。↓>
 「米国が日本に中距離ミサイル配備の可能性 国防部「狼を部屋に引き入れるべきではない」・・・」
http://j.people.com.cn/n3/2024/0927/c94474-20224507.html
 <何がアカンのさ。↓>
 「日本の自衛隊艦艇が台湾海峡進入 中国は日本に厳正な申し入れ・・・」
http://j.people.com.cn/n3/2024/0927/c94474-20224483.html
 <報道価値なし。↓>
 「「ウエノデ.パンダ中秋節2024」が東京で開催・・・」
http://j.people.com.cn/n3/2024/0927/c94475-20224490.html
 <ここからは、レコードチャイナより。
 どうでもええ。↓>
 「中国メディアの観察者網は・・・、「間もなく退任する岸田文雄首相は三つの選択肢に直面」とする文章を掲載した。・・・」
https://www.recordchina.co.jp/b941236-s25-c100-d0190.html
 <欧米の人々と違って、距離的心理的に近いからかヒマだからか。↓>
 「・・・SNSの微博(ウェイボー)では「石破茂氏が日本の首相に」がトレンド1位に急浮上した。・・・」
https://www.recordchina.co.jp/b941255-s25-c100-d0190.html
 <まあまあ。↓>
 「<サッカー>日本人監督が中国選手の長所と短所を指摘=中国ネット「訳すと、愚鈍」「教育の問題」・・・中国メディアの鳳凰網体育・・・」
https://www.recordchina.co.jp/b941249-s25-c50-d0052.html
 <ご愛顧に深謝。↓>
 「人気歌手・さユりさん死去、中国でも悼む声=「大好きだった(泣)」「本当に残念」・・・中国のエンタメメディア・新浪娯楽・・・」

https://www.recordchina.co.jp/b941239-s25-c30-d0052.html

 一人題名のない音楽会です。

 ヨーヨーマのミニシリーズの追補です。
Astor Piazzolla のタンゴ曲集です。
 (ピアノ: Frank Corliss コントラバス:Edwin Barker バンドネオン:Néstor Marconi)

Libertango
https://www.youtube.com/watch?v=sjUX9Cy_YRU&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4
Andante and Allegro from Tango Suite: Andante
https://www.youtube.com/watch?v=IDgh-iDoA_M&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=2
Andante and Allegro from Tango Suite: Allegro
https://www.youtube.com/watch?v=wH9izjvw0Yc&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=3
Regreso al amor, from Solana’s movie “Sur”
https://www.youtube.com/watch?v=64mZM2NEjyE&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=4
Le Grand Tango
https://www.youtube.com/watch?v=DjY_4wey9fo&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=5
Fugata
https://www.youtube.com/watch?v=QyJRQnfFbYk&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=6
Tango Remembrances
https://www.youtube.com/watch?v=OoKrIiSHVv0&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=7
Mumuki
https://www.youtube.com/watch?v=tZAxVLwYabE&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=8
Tres minutos con la realidad (Three Minutes with Reality)
https://www.youtube.com/watch?v=tSvvq7R4uKw&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=9
Milonga del angel
https://www.youtube.com/watch?v=FQ-7mzgtuR4&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=10
Cafe 1930
https://www.youtube.com/watch?v=XiKipx6Tc1g&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=11
Fear Tango
https://www.youtube.com/watch?v=RCXEnov9Du4&list=OLAK5uy_na77EkepOdtaFYQtPgbqvluDoDPbkFYF4&index=12

 オマケ:W. A. Mozart の楽譜が最近発見された曲 “Ganz kleine Nachtmusik” KV 648・・9~13歳の時に姉のために作曲?・・ 
https://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%AE%E6%9C%AA%E7%99%BA%E8%A1%A8%E6%9B%B2-%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%88%9D%E6%BC%94%E3%81%8Cyoutube%E3%81%A7%E5%85%AC%E9%96%8B-%E3%81%A8%E3%81%A6%E3%82%82%E7%B4%94%E7%B2%8B%E3%81%A7%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%81%AB%E6%BA%80%E3%81%A1%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B-%E6%96%B0%E7%99%BA%E8%A6%8B%E3%81%AE%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%AB%E5%87%BA%E4%BC%9A%E3%81%88%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A6/ar-AA1rhIZE?ocid=msedgntp&pc=U531&cvid=ec0bc2b9058246aab123098d8d627a44&ei=35
の9月19日の初演奏をお送りします。
 なにせ、このホールで、私、小4の時にモーツァルト記念音楽院(Mozarteum)の夏期講習の発表会でピアノを弾いたもので、懐かしくて・・。
ヴァイオリン:Haruna Shinoyama & Neža Klina ヴァイオリン・チェロ:Philipp Comploi ハープシコード:Florian Birsak 於Salzburg’s Mozarteum 16.04分(演奏は13.05分)

https://www.youtube.com/watch?v=Qne57NUS7Bw

        –2024.9.28東京オフ会用メモ–

〇私のマックス・ヴェーバーとの出会い

 私にとって、大学で得た最大のものの一つは、マックス・ヴェーバー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC
というドイツの社会学者の存在とその学説の骨子を知ったことだろう。
 駒場の教養課程の時、「社会学概論」を見田宗介(1937~2022年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8B%E7%94%B0%E5%AE%97%E4%BB%8B
と折原浩(1935年~)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%98%E5%8E%9F%E6%B5%A9
が講じていて、講義の紹介がヴェーバー一色だった折原の方のをとったおかげだ。
 (どうでもいいことながら、折原も含め、当時は、Weberをウェーバーと読む人ばかりだったが、どうしてそんなおかしなことが起ったのかいまだに理解できない。)
 折原はヴェーバーの祖述者に過ぎず、現実の社会のことなど何も分かっていないに等しく、だからこそ、その直後に起こった東大紛争の時に全共闘を支持して一人教官ストめいたことをやらかして顰蹙を買った一方、見田の方は現実の社会に即した学問的業績をそれなりに残しているが、私にとって、折原の方を選んだことは結果的にではあるけれど、正解だった。
 折原の授業に触発されて、随分、ヴェーバーの著作の翻訳本を買ったけれど、読みにくくかつ大部なものが多く、きちんと読んだのは、比較的短く文庫本で読める、『職業としての学問』、『職業としての政治』、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、『社会主義』、くらいであり、私に大きな影響を与えたところの、「世界像の転轍機」(注a)や「理念型」(注b)の二つの観念は、授業から得たものだ。

 (注a)「人間の行為を直接的に支配するものは、利害関心(物質的ならびに観念的な)であって、理念ではない。しかし、「理念」によってつくりだされた「世界像」は、きわめてしばしば転轍機(ターンテーブルのルビ)として軌道を決定し、その軌道の上を利害のダイナミックスが人間の行為を推し進めてきたのである」(「世界宗教の経済倫理序論」大塚久雄・国松敬三訳、『宗教社会学論選』所収)
https://shochian2.com/archives/39395
 (注b)理念型(Idealtypus)。「 M.ウェーバーの社会科学方法論の基礎的概念。現実の一定部分を理解するための手段として,それを思惟のなかで整序し,それ自体矛盾のない理論的コスモスとして構成された一種の理想像が理念型である。この概念構成は,1904年に刊行された『社会科学的および社会政策的認識の〈客観性〉』において展開された。」
https://kotobank.jp/word/%E7%90%86%E5%BF%B5%E5%9E%8B

〇私にとっての菊(縄文性)観念と刀(弥生性)観念の出発点

 私に初歩的な弥生性観念を植え付けたのは、『鉄腕アトム』だった。
 私は、「1952年4月から1968年3月にかけて、「少年」(光文社)に連載され<た>・・・漫画版『鉄腕アトム』」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E8%85%95%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%A0 ※
を、遅くとも、1955年の小1の時から、その小1の時にカイロに行って、少なくとも、1969年に帰国するまで、毎月「少年」で読み続けた。
 で、主人公のアトムなのだが、
・お尻にピストル。※
から、自動武器であることは明白だ。
・10万馬力の原子力モーター。「地上最大のロボットの巻」では天馬博士により100万馬力に改造されている・・・※
も、そういうものとして受け止めるべきだろう。
 そうである以上、
・善悪を見分けられる電子頭脳。電子頭脳に組み込まれた記憶装置の記憶容量は15兆8000億ビット[要出典]。後に「よい人とわるい人の見分けがつく」に変更され、電子頭脳も頭部から胴体へ変更された。※
は、これら武器を駆使するための頭脳なのだし、
・聴力は1千倍
・涙も出るサーチライトの目※
は、センサー類であり、
・60か国語を話せる人工声帯<、もちろん、60か国語を解せるということでもある>。
は、敵を傍聴したり捕虜を尋問したりするための能力、ということになる。
 もちろん、「少年」で読んでいた当時は、そういう受け止め方ではなく、恐らく、基本的には、当時の大部分の少年読者達と同様、科学が発達した近未来を描いたSF作品、程度の受け止め方だったのではないかと思う。
 「基本的には」をつけたのは、カイロ時代にスエズ戦争を視聴覚的に体験したこと、そして、後に防衛庁(当時)に入庁したしたことから、冒頭のような受け止め方をするようになり、その上で、アトムを私の言うところの弥生的縄文人の理念型と解するようになったからだ。
 ところで、私は、中学生になる前に、「少年」を、従って『鉄腕アトム』も、卒業し、その後始まった、アニメも映画も見たことがないのだが、その後、アトムの武器としての性能はどんどん高まって行ったようだ。↓

1963年アニメ第1作(モノクロ版)・・・
お尻からマシンガン。1秒間に500発撃てる。

1980年アニメ第2作・・・
お尻にマシンガン。1分間に600発撃てる。
両手人差し指にレザーブラストを装備。

2003年ASTROBOY版・・・
右手人差し指にフィンガービーム。
左腕にアームキャノン砲・・・

2009年映画ATOM版・・・
マシンガンを内蔵するお尻。
アームキャノンに変形する腕。※

 ところが、(私が高三の時の)1966年のアニメ『鉄腕アトム』最終回では、「太陽の黒点に異変が起こって地球の気温がどんどん上昇していき、地球で暮らせなくなった人間たちはロケットで宇宙に避難しました。・・・太陽の核融合を抑制する装置を<確保した>・・・アトム<は、>・・・宇宙船に装置の入ったカプセルを積んで太陽のそばに向かいます。しかし、太陽に向けて放ったカプセルが隕石に衝突して軌道から逸れてしまったため、アトムは宇宙空間に飛び出してカプセルとともに太陽に突入していきました。やがて太陽は元に戻り、人類も地球に戻りました。お茶の水博士はアトムが帰還しなかったことを嘆き、アトムの家族は沈む夕日を眺めながらアトムを思うのでした。」
https://news.yahoo.co.jp/articles/953b925d06787d26ce29631dae749f137f08c67e
と、手塚は、アトムを『グスコーブドリの伝記』のグスコーブドリ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%89%E3%83%AA%E3%81%AE%E4%BC%9D%E8%A8%98
化けさせて、「葬送」していることを今になって知った。
 しかし、このアトムの行為やグスコーブドリの行為は、利他主義
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E4%BB%96%E4%B8%BB%E7%BE%A9
の極致とも言うべき自己犠牲・・何らかの目的や他者のために、自己の時間・労力・身体・生命をささげること・・であって、それを眼目とするキリスト教の信徒であった山本周五郎の『樅の木は残った』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E7%8A%A0%E7%89%B2
の主人公の原田甲斐の最期における自己犠牲、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%85%E3%83%8E%E6%9C%A8%E3%81%AF%E6%AE%8B%E3%81%A3%E3%81%9F
と、表見的に類似した諸行為ではあるところ、それは自分と他者とを同時に裨益させることを基本とする人間主義の非常時における例外的発現形態なのであって、例えば、宮沢賢治の作品で言えば、「技量の未熟なチェリストが、動物たちとの交流により演奏技術を向上させる姿を描く・・・『セロ弾きのゴーシュ』」の主人公たるゴーシュと動物たちの物語
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AD%E5%BC%BE%E3%81%8D%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5
こそ人間主義の基本な姿を描いた物語であることに注意が必要だろう。
 このように見てくると、私は、『鉄腕アトム』から、弥生的縄文性、の何たるかを、『セロ弾きのゴーシュ』と『グスコーブドリの伝記』から縄文性、の何たるかを、学んだと言えそうだ。
 興味深いことは、『鉄腕アトム』に関しては、この私の受け止め方は、戦後日本人一般の受け止め方とも、手塚治虫自身のテーマとしたこととも、異なっていることだ。↓

 「<『鉄腕アトム』>のテーマは「ロボットを虐げる人間と虐げられるロボットの対立と差別」であり、アトムは万能な科学の力を持ちながらも時に人間からの差別に直面し、思い悩むという重いテーマを背負ったキャラクターである。
 しかしながら戦後日本の発展と科学の進歩に伴い、本作も明るい未来を描いたものだという見方が強まっていき、本来伝えたかったテーマと世間一般の評価の乖離が目立ってきたことを手塚自身残念に思っていたことを自著で述べている。」
https://dic.pixiv.net/a/%E9%89%84%E8%85%95%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%A0

 そして、どうやら、手塚治虫にとっての『鉄腕アトム』の最終的テーマは更に変貌を遂げ、「世間一般」の「常識」に堕してしまったらしいのだ。↓
 
 「軍備に血まなこになる人間の愚かさ」
https://www.msn.com/ja-jp/news/other/%E3%81%88%E3%81%A3-%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%89-%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1-%E9%89%84%E8%85%95%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%A0-%E6%9C%80%E7%B5%82%E5%9B%9E%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%81%82%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B/ar-AA1qlDoq?ocid=msedgntp&pc=U531&cvid=9f391adaa26c4804b5baf1f076c24bb7&ei=69

 つまり、手塚にとって、『鉄腕アトム』のテーマは、国際的常識を身に着けたところの知的肉体的能力が傑出した人間が足を引っ張られる日本社会に対する批判→利他主義礼賛→反戦平和/非軍備追求、という変遷を遂げたらしい、というわけだ。
 私には、手塚が、いや、手塚すら、「世間一般」より時間はかかったものの、最終的には昭和天皇家/岸カルト的世界観に絡めとられてしまったかのように見える。
 昭和天皇家/岸カルト、の、腐食力がいかに凄まじいか、ということだ。

〇英仏百年戦争も杉山元らにとっての先の大戦の「先例」たりえず?

 英仏百年戦争が始まった時点では、既に、地理的意味での欧州は、アングロサクソン文明とプロト欧州文明と正教文明の三地域に事実上分かれていたけれど、そのいずれも支配層は基本的にゲルマン人であったこと、及び、ほぼ全住民がキリスト教徒であったこと、から、欧州一体意識があった。
 英仏で言えば、イギリス国王がフランスのアンジュー伯がヘンリー2世になったことに始めるプランタジネット朝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E6%9C%9D
のエドワード3世がフランス内でアキテーヌを領地とするギュイエンヌ(アキテーヌ)公でもあった・・ギュイエンヌの大部分では、フランス語、イタリア語、スペイン語、と、並列のロマンス語たるオック語がつかわれていた・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%8C
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E8%AA%9E
こともあり、イギリスとフランスが別個の国である、とか、それぞれが別個の文明に属している、といった意識はなかった。
 また、イギリス王隷下の地域中、イギリス側の大ブリテン島部分に限れば、単一の議会主権の下にあり、民衆が英語だけを母国語としていたことから、例外的に朝野において地域的一体感があったが、フランス側は、西・中欧全体同様、封建制の下にあり、民衆の母国語はバラバラで、いかなる地域においても地域的一体感は希薄だった。
 だからこそ、14世紀に英仏百年戦争が始まっても、その世紀末の小康状態の時に、オスマントルコの欧州進出に対抗すべく、後に神聖ローマ帝国皇帝になるハンガリー王ジギスムント<(注c)>の事実上の指揮の下、英仏両者が手を携える形でニコポリス十字軍に参加したりしたわけだ(コラム#14486)。

 (注c)1368~1437年。在位:1387~1437年(ハンガリー王)、1410~1437年(ローマ王。1433年~からは神聖ローマ皇帝)。「オスマン帝国の侵攻に対し、ジギスムントは国内外に訴えて、ローマ教皇ボニファティウス9世も十字軍勅書を出すことで後援した。・・・<イギリス>、スコットランド、フランス、神聖ローマ帝国諸侯、フランドル、イベリア、ポーランド、ボヘミア、ワラキアなどから次々と将兵が集まった。
 対オスマン戦を熟知しているジギスムントはブダにオスマン軍を引きつけて消耗させる案を示したが、血気に逸るブルゴーニュ公ジャン(無怖公)がエルサレム解放の大義を掲げるのに押され、積極的な攻撃策を採ることになった。こうして10万を超える軍勢が出撃したが、カトリックを奉じる西欧騎士と正教を奉じるバルカン戦士との確執、旧態依然の騎士突撃戦法が仇となり、1396年のニコポリスの戦いでバヤズィト1世に大敗北を喫した。無怖公は捕虜となり、ジギスムントは辛くも逃げ延びた。その後、バヤズィト1世が1402年のアンカラの戦いでティムールに敗北したことで、ヨーロッパはしばらくの間オスマンの脅威から解放されることになる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%AE%E3%82%B9%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%88_(%E7%A5%9E%E8%81%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E7%9A%87%E5%B8%9D)

 おまけに、支配層がゲルマン人でこそなかったけれど、「正教<国であったところの、>・・・ワラキア公国<(注d)>のミルチャ1世(年長公)<(注e)もまた>・・・、<この>十字軍に大軍で参加し<ている>。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

 (注d)「東欧で強勢を誇ったモンゴル系国家のジョチ・ウルスも13世紀末になるとカルパティア山脈とドナウ川における支配力が低下していた<。>・・・
 バサラブ1世(Basarab<。>? – 1352年)は、ワラキアのヴォイヴォド(総督)および公(在位: 1310年/19年 – 1352年)。ワラキアの文書で確認できる最も古い君主であり、バサラブ朝の創始者である。ワラキア公国は「バサラブの国」を意味する「バサラビア」の名前で呼ばれていた。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%961%E4%B8%96
 「ワラキアという地名は「ヴラフ人の国」という意味でルーマニア国外では慣用的に使われている外名呼称である。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%A9%E3%82%AD%E3%82%A2
 「ヴラフ人(・・・Vlach・・・)は、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパ、南東ヨーロッパにおいて、複数のラテン系の人々を指し示して使われる民族呼称である。・・・
 ヴラフ人という呼称は外名であった。ヴラフと呼ばれる各民族は、それぞれ「ローマ人」に由来する自称を用いてきた<。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%83%A9%E3%83%95%E4%BA%BA
 (注e)1355?~1418年。在位:1386~1395年、1397~1418年。「オスマン帝国の拡大に際して、オスマンを共通の敵とするハンガリー王ジギスムントと密接な関係を構築する。また、隣国のモルダヴィア公国と友好関係を保ち、1389年、モルダヴィア公ペトル・ムシャットを介してポーランド王ヴワディスワフ2世と同盟条約を結ぶ。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A31%E4%B8%96

 この頃は、まだ、ルーシ諸国はモンゴルの軛の下にあったので、ニコポリス十字軍に参加しようがなかったわけだ。
 要するに、何が言いたいかというと、英仏百年戦争は何(誰)と何(誰)との戦争だったのか、始まった時点においては必ずしも明確ではなかったということなのだ。
 戦争の背景に、「987年のユーグ・カペー即位以来フランス国王として君臨し続けたカペー朝は、1328年、シャルル4世の死によって男子の継承者を失い、王位はシャルル4世の従兄弟にあたるヴァロワ伯フィリップに継承された。フィリップは1328年、フィリップ6世としてランスでの戴冠式を迎えたが、戴冠式に先立って、<イギリス>王エドワード3世は自らの母(シャルル4世の妹イザベル)の血統を主張して、フィリップ6世のフランス王位継承に異を唱えた。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89
ことがあるが、この時点で、イギリス王は前述したようにフランス内のギュイエンヌ(アキテーヌ)公でもあり、フランスの内紛という側面もあった。
 「1337年に勃発した百年戦争は、王位をめぐるフランス国内の混乱に乗じて<イギリス>王がフランス王位継承権に介入しようとしたことが発端だった。ほとんどすべての戦いがフランス国内で行われ、イングランド軍の焦土作戦によってフランス経済は壊滅的な打撃を受けていた。また当時のフランスは黒死病によって人口が減っており、さらに対外貿易も途絶えて外貨が入ってこない状況に置かれていた。ジャンヌが歴史に登場したのは、フランス軍が数十年間にわたって大きな戦いに勝利しておらず、イングランドがフランスをほぼ掌中に収めかけていた時期だった。・・・
 ジャンヌ・ダルク<(1412?~1431年)は、>・・・王太子シャルル(後のシャルル7世)を助けてイングランドに占領されていたフランス領を奪還せよという神の「声」を聞いたとされている。・・・
 <そんな彼女の活躍の結果、>フランス<は>救<われ>、シャルル7世<は>戴冠<することができ>た<。>・・・
 百年戦争はジャンヌの死後も<1453年まで>22年にわたって続いた・・・」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8C%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%AB%E3%82%AF
 私見では、これは、「イギリス」占領下の部分のフランスのカトリック教会を利用してジャンヌを極刑に処したことから、世俗的なイギリス居住者朝野のキリスト教に対する軽侮が透けて見える一方、「フランス」側においては、支配者達が、ジャンヌに、敬虔なキリスト教信徒が多かったところの「フランス」の被支配者達の間でフランス・ナショナリズムを創造/喚起させてそれを対「イギリス」戦に利用した、ということだ。
 さて、百年戦争は1337年から1453年まで続いたわけだが、公式に終わったのは1475年のピキニー条約(Treaty of Picquigny)の締結によってであり、その内容の基本は、イギリス王(エドワード4世)がフランスの王位を追求するために戦争に訴えるのは止め、その見返りにフランス王(ルイ11世)がカネを支払い、爾後も毎年カネを支払い続ける、という双方にとって不名誉なものだった。
https://en.wikipedia.org/wiki/Treaty_of_Picquigny
 フランス内のイギリス領はカレーだけになり、イギリスはフランス語に代わって英語を公用語とするようになり、フランスは統一国家となった。
https://en.wikipedia.org/wiki/Hundred_Years’_War
 すなわち、百年戦争が、イギリスとフランスという文化・・私見では文明・・を明確に異にする二つの国家を生み出したのだ。
 つまり、一方が主要会戦の大部分に敗北した点でこそ同じではあるものの、百年戦争は国家間の戦争として始まったわけではなく、また、「平和条約」の内容からして、フランスが、戦争の目的を相当程度達成はしたけれどもイギリス王にフランス王位追求そのものを止めさせることはできなかった(注f)ので完全に達成したとまでは言えない、という2点において、先の大戦の最初から日本は国家であり、かつまた、戦争目的を完全に達成したので、百年戦争のフランスは先の大戦の日本の先例とは言えないわけだ。

 (注f)イギリスが公式にフランス王位追求を止めたのは、実に1803年だった。(上掲)

 とすれば、日本の事例は、これまでのところ、世界史上、唯一無二の事例なのかもしれない。