太田述正コラム#14454(2024.9.11)
<映画評論128:レディ・マクベス>(2024.12.6公開)

1 始めに

 『レディ・マクベス』を見終わった直後は、暇つぶしにはなるレベルの映画、という感想で、Amazon Primeでの評価が星3.5・・気付かずに鑑賞してしまった!・・だったのはピッタンコだったな、と思いました。
 しかし、その後、「ロシアの作家ニコライ・レスコフの小説「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を・・・2016年<に>・・・映画化した<もので、舞台を>19世紀後半のイギリス<に移した>」
https://eiga.com/movie/93730/
ということを知り、この映画の評価が高く、英国を中心に賞をとりまくっていることも知り、
https://en.wikipedia.org/wiki/Lady_Macbeth_(film)
かつまた、ショスタコーヴィチが、原作をもとに歌劇を作曲していることも思い出し、2014年のロシアによるウクライナ戦争の事実上の開始・・クリミア併合等・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/2022%E5%B9%B4%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E4%BE%B5%E6%94%BB
がこの映画の制作や評価に影響を及ぼしているのではないか、という気がしてきて、にわかに、私のストーリー評論欲がかきたてられました。
 当初の私自身による評価が余り高くなかったのは、内容の凶悪性に加え、登場する召使達や使用人達が黒人ないし黒人系の人々ばかりで、ビクトリア朝のイギリスにはそぐわない感じがしたことがあげられるところ、むしろ、それは、舞台こそイギリスに移しているけれど、あくまでもロシアの話であって、この映画は単なる性と暴力の映画ではないことに気付かせるべく、イギリスに農奴はいないので、黒人ないし黒人系の俳優を起用することでもって農奴的な雰囲気を醸し出そうとしたのかもしれない、と、思い直しました。
 では、果たして、この映画の狙いは何なのでしょうか。
 この映画の制作者達の狙いを誰も指摘していないようであるのは不思議ですが、私は、主人公は、夫や舅はもとより使用人達にも嫌われいる人物で、性欲、物欲、権力欲が強く、かかる欲求を充足させるために、勝手な理屈でもって、舅、夫、そして、夫の遺児、を、次々に、最初の1人は自分の手で、そして、2人目と3人目は情夫たる使用人の一人を使って、殺害し、しかも、容疑がこの使用人と他の1名の使用人にかかるように証言し、自らは追及を免れるところ、この主人公は、ロシアそのものを象徴している、と、受け止めるに至りました。
 そして、ショスタコーヴィチがこの物語をオペラ化した真の狙いも、まさに、自分が生れ、育ったロシアそのものを糾弾するところにあった、と。
 以下、その理由を説明しましょう。

2 ロシアの糾弾

 原作者のニコライ・レスコフ(1831~1985年)は、「社会の矛盾を鋭く批判したために当局からはたびたび目を付けられ、検閲や出版禁止の憂き目にあったりもした。・・・葬儀の際には当局により、参列者による一切の演説が禁止された。・・・農民に対する関心と共感という点でレフ・トルストイと、宗教的傾向という点でフョードル・ドストエフスキーとそれぞれある種の近親性をもっている。特にトルストイとは1890年に会って意気投合している」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%95
という人物であり、『ムツェンスク郡のマクベス夫人』は、1684年にキエフ(!)で書かれ、ドストエフスキーが主宰していた雑誌に掲載されたものであり、1866年に書かれた『アマゾン』ともども、当時は注目されなかったけれど、後にどちらも傑作と称賛されるようになったところの、ゴーゴリのものと並んで、後世、ロシア俗語文学の走りと目されるようになった作品群とされています。
https://en.wikipedia.org/wiki/Nikolai_Leskov
 また、そのテーマは、フローベールの『ボヴァリー夫人』とも対比されるところの19世紀欧州農村社会において女性に要求された従属的な役割という背景の下での姦通であって、それに加えて女性による殺人でもあることから、シェークスピアの『マクベス』のマクベス夫人の人間像にヒントを得、かかるタイトルになったもの、と、されているところです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Lady_Macbeth_of_the_Mtsensk_District_(novella)
 確かに、レスコフ自身は、その程度の思いであった可能性もなきにあらずですが、問題はショスタコーヴィチです。

(続く)