太田述正コラム#14460(2024.9.14)
<映画評論128:レディ・マクベス(その4)>(2024.12.9公開)

 補足しますが、スターリンによる著名な作家の「活用」事例として、「一九二一年、ゴーリキーはレーニンの独裁政治に失望してイタリアへ脱出し、以来、ソレントの山荘で暮らしていた<が、その>ゴーリキーをソ連へ連れ戻すために手を尽したのはスターリンだった。・・・ゴーリキーとスターリンは「パ・ド・ドゥ」を踊るような複雑な取引を開始した。そして、虚栄心と金銭欲と権力欲がそれぞれの役割を十分に発揮した結果、大作家の気持ちは次第に帰国へと傾いていった。農民階級の野蛮な後進性を身にしみて体験してたゴーリキーは、スターリンの対農民戦争を支持した・・・富農階級(クラーク)を殲滅する作戦の最中、ゴーリキーは農民の後進性への憎悪をむき出しにした文章を『プラウダ』紙上に発表した。」
https://shakuryukou.com/2021/02/27/dostoyevsky258/
ということがあったところ、ショスタコーヴィチに関しては、スターリンが、著名になるであろうと見抜いていたところの、作家ならぬ作曲家、を、「活用」すべく、あえて「粛正」をしなかった、と、考えることができます。
 それにしても、私がショスタコーヴィチのこのオペラの作曲動機を深読みし過ぎているのではないか、と思われるむきがあるかもしれなませんが、『ショスタコーヴィチの証言』では「私はダビデの詩篇に深い感銘を受けてあの曲を書き始めた」、「神は血のために報復し、犠牲者の号泣を忘れない、など」とあり、…」「私の多くの交響曲は墓碑である」「(これは)[1935年9月13日から1936年5月20日にかけて作られた]第4番に始まり第7番第8番を含む私の全ての交響曲の主題であった…」と記されている<ことが>かなり議論を呼んだ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%81%E3%81%AE%E8%A8%BC%E8%A8%80 ☆
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC4%E7%95%AA_(%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%81)#:~:text=%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC4%E7%95%AA%EF%BC%88%E3%81%93 ([]内)
ところ、「西側での<この>『証言』の扱は大きく三つに分かれていった。一つは、『証言』が偽書と決まったのなら完全に無視し、ショスタコーヴィチは従来言われていた通り、やはり忠実な共産党員であるという考え方。第二は、『証言』は百パーセント真実であり、全てショスタコーヴィチ自身が語ったと信じる全面肯定。そして第三は、『証言』は全てが彼によって語られたものではなく、虚実が入り混じっているのだろうという、肯定も否定もしない立場である。」(☆)とされているけれど、私見では二番目の説が正しいのであって、「最晩年にショスタコーヴィチは「プラウダ批判の後、政府関係者が懺悔して罪を償えとしつこく説得したが拒絶した。代わりに交響曲第4番を書いた。若さと体力がプレッシャーに勝ったのだ」と証言している」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC4%E7%95%AA_(%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%81)ことからして、交響曲第4番の直前に作曲されたオペラ『レディ・マクベス』から、ショスターヴィチは、それまでの、そしてそれからも予想される赤色テロの犠牲者達の墓碑を作曲し始めていた、と、解するのが自然でしょう。
 さて、現時点で振り返ってみると、人間の命が尊重される度合いが急速に高まってきた昨今において、理屈ほぼ抜きで自己中的動機により・・私見ではモンゴルの軛症候群の発症として・・ロシアが開始したところの、2014年から始まり、2022年に本格化したところの、ウクライナ戦争、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%81%AE%E4%BD%B5%E5%90%88
https://ja.wikipedia.org/wiki/2022%E5%B9%B4%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E4%BE%B5%E6%94%BB
から伺えるのは、この種殺人行為の本質的かつ絶望的な質(たち)の悪さです。
 理屈が一切通じないので、物理的に対処する以外に一切方法がない、という意味において・・。

(完)