太田述正コラム#3541(2009.9.23)
<よみがえるケインズ(その4)>(2009.10.25公開)
5 ケインズ経済学の「復活」
「・・・ケインズ<の>・・・経済に関する考え方は、人道主義的(humane)かつ道徳的側面(dimension)を持っていたので、全球的な金融危機のただ中で再び復権しつつある。・・・」(B)
「・・・<ケインズより後の経済学者達は、>四半世紀で最悪の不況という今回の不況について警告することに嘆かわしくも失敗した。
英国の女王は、数ヶ月前に、「どうして誰もこうなることが分からなかったの?」と公然と首をかしげたけれど、こう思ったのは彼女だけでは全くない。・・・
ケインズならこのような金融の嵐が近づいていることを感づいただろうか。
・・・然り・・・。
リスクと不確実性とを区別する能力が低いという点で、ケインズ自身が見守っていた1920年代<の経済>と同様の<現在の経済の>弱点を、彼なら探知していたであろうからだ。・・・」(D)
「・・・合理的期待理論は、効率的市場仮説といった副産物を生み出した。
これは、市場がすべてのリスクを計算でき価格付けができることを示唆するものだが、そうは問屋がおろさなかった。・・・
実体経済における様々な出来事が大部分の経済学者達にとって関心の対象でなくなって久しい。
ポール・クルーグマン(Paul Krugman<。1953年~。ユダヤ系。2008年にノーベル経済学賞受賞>)<(コラム#1145、2075、2095)>やジョセフ・スティーグリッツ(Joseph Stiglitz<。1943年~。ユダヤ系。2001年にノーベル経済学賞受賞>)<(コラム#2854)>(注4)のような何人かを例外として、今次危機に関する鋭い記述は、金融ジャーナリスト達や経済史家達によってもっぱらなされているところだ。・・・
(注4)世銀の首席エコノミスト歴あり。「自由市場原理主義」批判やIMF、世銀批判で知られる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Stiglitz
現代経済において、金融の役割が増大するにつれ、経済はより不安定になるようである以上、国の主要な役割は、より大きな安定を生み出すことによって信頼を構築する方法を発見することだ。・・・
ケインズの時代の経済学者達の多く、とりわけヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Schumpeter<。1883~1950年。チェコ生まれ。1932年から米国在住>)とフリードリッヒ・ハイエク(Friedrich Hayek<。1899~1992年。オーストリア生まれ。1938年から英国籍。晩年はドイツで過ごす。1974年にノーベル経済学賞受賞。サッチャーは彼に心酔>)は、ケインズを究極的なプラグマティストであって、常に実際的関心(practical concerns)のために理論を犠牲にする用意がある人物であると見ていた。
しかし、実際的関心に現実に没頭している者・・・からすると、ケインズはまだまだ抽象的過ぎるのであって、彼の実際的諸現実に関する判断は、しばしば信頼できないものとみなされた。
実践(practice)への傾倒にもかかわらず、それでもなおケインズは、政策がその上に立脚すべき諸原理の合理的な一式を提供したいと希望した。
彼は、その目標に他の誰よりも接近したが、最終的には彼は<目標に到達することに>失敗した。・・・」(F)
6 終わりに
スキデルスキーの新しい古典派経済学に対する批判を読んでいて、これは、1974~76年にスタンフォード大学に留学していた当時、私が米国流経済学に感じた違和感と相通じるものがあると思いました。
「・・・1974年にスタンフォード大学のビジネススクールに入ってみると、米国では経済学が、ビジネススクールのほかの教科はもちろん、あらゆる社会科学の王座にある、ということを「発見」しました。
それは一つには、経済学が社会科学の中で最も厳密な形で、つまり数理的な形で理論を構築することに成功していたからですが、もう一つは・・これが重要なのですが・・経済学が、米国の社会科学全体に共通する人間観・社会観、より端的に言えば、イデオロギー、を提示していたからです。
そのイデオロギーとは、裸の個人主義であり、個人が一人一人異なる効用関数とリスク選好度をひっさげて、自分の欲望の充足のために相互に取引(transaction)を行い、かかる無数の取引の結果として予定調和的な市場・・社会・・が成立する、というものであり、これは人間が社会的存在であることを無視した異常なイデオロギーである、というのが私の感想でした。・・・」(コラム#1211)
とまれ、ケインズ主義経済学は、ケインズより後の様々な経済学よりむしろ優れていたと言えるけれど、完成していたと見ることはできない、つまり、経済学はまだまだ発展途上段階にある、というのがスキデルスキーの結論のようですね。
考えてみれば、それは当たり前です。
人間自体、まだまだ解明されていない部分が無数に残っている以上は、人間の経済行動が完全に解明できるわけがないからです。
それにつけても、日本の経済学者はいつまで経っても全く冴えませんね。
2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英教授のように、海外に一度も行ったことがなく、英語もしゃべれなくて、なお一流の学者と言われるような人物
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%8A%E5%B7%9D%E6%95%8F%E8%8B%B1
が日本の経済学界に現れない限りダメかもしれませんぞ。
横のものを翻訳して縦にするのではなく、ケインズがそうであったように、現実に目の前で展開されているところの、人々の経済行動の解明に取り組もうとする実務家兼経済学者が、日本で輩出する日が来ることを切に祈っています。
(完)
よみがえるケインズ(その4)
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