時事コラム
2001年12月14日
<太田述正#0005>
軍律法廷
前回のコラムに登場した「国際刑事裁判所」(ICC)は、国際法に触れるところの、ジェノサイドとか毒ガスの使用等の行為を犯した者を裁く、国際連合の下の常設国際法廷であり、その設置に向けて国際的な議論が続いています。これに対し、軍律法廷(military tribunal)とは、上記国際法違背行為や自軍への敵対行為(war treason=スパイ行為や破壊活動)を裁く準司法機関であり、特定の交戦国の軍によって設置されます。
ユーゴのミロシェヴィッチ元大統領等が犯した国際法違背行為を裁きつつある国際連合下の特別法廷や、第二次大戦における連合国によって設置され、ナチスドイツと日本帝国の指導者達がが犯したとされた国際法違背行為を裁いたニュルンベルグ裁判と東京裁判は比較的よく知られていますので、イメージはつかめると思います。
ところで、軍律法廷そのものについては、「これまで、この法廷に関する研究はほとんどなく、したがって専門書もない。資料集もないにひとしい。一般書もまったくない。・・かつて日本の陸・海軍に在籍した旧軍人にも、およそ憲兵や法務関係者をのぞいて、ほとんど知られていない」(北博昭「軍律法廷?戦時下の知られざる「裁判」」朝日新聞社1997年 3-4頁)のが実情です。
では、せめて政府は軍律法廷のことを研究しているのでしょうか。残念ながら戦後の日本では、自衛隊は軍隊ではないものとされ、有事法制の整備すら怠られてきたといった背景から、防衛庁といえども、軍律法廷(や軍法会議。軍法会議についてもいずれコラムで取り上げてみたい)については、全く研究を行ってきていません。学問の自由が一応保障されている防衛大学校にあっても事情は同じです。
その軍律法廷が、にわかに脚光を浴びることになったのは、ビンラーディンを始めとするアル・カイーダのメンバー等の外国籍の同時多発テロ関与者を裁くべく、米国でブッシュ大統領がMilitary Tribunal を設置することにしたからです。この非公開のTribunal では、一般人ではなく、軍人たる「陪審員」の、全員一致ならぬ三分の二の多数決で有罪判決が下されることとされています。
このMilitary Tribunal が、外国籍の被疑者に対象をしぼったのは、リンカーン大統領が南北戦争中に設置したMilitary Tribunal の下した(、「北」で「南」を支持する団体に入った米国市民への)死刑判決が争われたミリガン(Milligan)事案において、最高裁判所が、米国市民をMilitary Tribunal で裁くことは許されないと1866年に判示しているためです
(http://usinfo.state.gov/usa/infousa/facts/democrac/26.htm)。
同じ米最高裁判所が、1942年には、ローズベルト大統領が第二次世界大戦中に設置したMilitary Tribunalの下した(、ナチスドイツのスパイとして米国内で破壊活動に従事しようとした米国市民への)死刑判決が争われたクィリン(Quirin)事案において、敵対的な交戦者(hostile combatants)たる米国市民についてもMilitary Tribunal が管轄としうると判示している
(http://lawbooksusa.com/cconlaw/quirinexparte.htm)のですが、さすがのブッシュ政権も、ここは慎重を期したというところでしょう。
その後、タリバンの一兵士としてアフガニスタンで米軍の捕虜になった米国市民たる青年は、米国の通常の裁判所で裁かれることになりましたし、米国内で逮捕されていた同時多発テロの実効未遂犯も、あえて通常の裁判所で裁かれることになりました。果たして、今後、実際に同時多発テロ関与者がMilitary Tribunal で裁かれる場面が出てくるのが、目が離せないところです。