太田述正コラム#0046(2002.7.10)
<近代科学の成立(アングロサクソン論1)>
科学史の本に通常書かれている話とはかなり異なりますが、私は近代科学はイギリスに生まれたと考えています。しかも、ギリシャ文明が存在しなかったとしても、その上、欧州大陸が存在しなかったとしても、早晩、近代科学はイギリスに生まれたであろうとさえ考えています。
近代科学は、イギリスのコモンロー的自由の精神に育まれた経験論的伝統の中から生まれました。
そのイギリスの伝統が押しつぶされそうになった時代がありました。11世紀です。ノルマン公ウイリアムによるイギリス征服に伴い、ローマ法が移植された上、壮大にして華麗、しかし空虚な欧州大陸のスコラ神学、及びこのスコラ神学の土壌の上に咲いたあだ花である合理論がもたらされ、イギリスに押しつけられたからです。
しかし、被征服民たるイギリスのエリート達は、これに反発し、コモンロー的自由の精神とイギリス古来の天文学、博物学、史学等を中心とする実証的な経験論の灯火を守り続けました。
その代表的な人物がロバート・グロセテスト(12-13世紀)です。(グロセテストを始め、本稿で登場する人物は、すべてイギリス人です。)
彼は、アリストテレス等のギリシャ科学書を批判的に読解するとともに、星の輝き、音の発生、ナイル川の氾濫、雷の原因、動物の形態論等について、自らの自然観察に基づいて、次々に新しい見解を打ち出しました。彼はまた、ローマ法王の言や聖書の解説書ではなく、直接聖書そのものにあたれと主張し、法王庁の堕落を厳しく批判しました。(R.W. Southern, Robert Grosseteste, The Growth of an English Mind in Medieval Europe, 2nd edition, Oxford University Press 1992)
グロセテストの経験論の継承者が、ロジャー・ベーコン(13世紀)であり、コモンロー的自由の精神の継承者がウィリアム・オッカム(13-14世紀)です。
ロジャー・ベーコンは、実験科学の創始者であり、飛行機、蒸気船や自動車の出現を予言したことで有名です。この系譜に連なるのが、経験科学方法論を完成したフランシス・ベーコン(16-17世紀)であり、近代社会科学の創始者であるトマス・ホッブス(16-17世紀)、そして近代自然科学の祖であるアイザック・ニュートン(17-18世紀)等です。
ウィリアム・オッカムは、「教皇が「異端」に陥るならば、・・その・・異端的信仰を・・信徒全員に対して強制できるから・・「異端的」教皇への抵抗<は>・・正統信仰という「共通善」・・への奉仕という・・平信徒・・の義務である」と主張し(将基面貴巳「反「暴君」の思想史」平凡社新書2002年3月145-148頁)、「スコラ・・神学体系を・・その根底から破壊し、・・宗教改革への道を開いた」(将基面 前掲書138頁)人物です。ここに宗教、イデオロギー、あるいは権力による個人の思想・信条の自由の侵害を許さない、近代自由主義思想がイギリスにおいて確立します。このように強靱な自由の環境のもとで、近代科学は育まれたわけです。
(実験科学、近代自然科学の発展をイギリスの職人的伝統が支えたということも忘れてはなりません。17世紀末から18世紀初頭にかけてイギリスを訪問した人々は、異口同音に「英国人は実に手先が器用だ。」「イギリスには職人がゴマンとおり、しかも彼らは世界のすべての国の職人の中で最も工夫に長けている。」といった評を残しています。(Joel Mokyr, The Lever of Riches, Oxford University Press 1990))
科学の発祥について
「近代科学の発祥」に興味を持ち、ネットをさまよっているうちに太田さんのこのブログに辿り着きました。太田さんの「近代科学の成立」が書かれたのは8年も前のことなので、興味も薄れたこととは思いますが、ご意見を伺いたく投稿いたします。
私もロジャー・ベーコンが「近代科学」(つまり仮説・検証の体系)の始祖かと思っていましたが、それよりも遥か前に、イスラムのイブン・アル=ハイサムが実験を駆使して光学理論を打ち立てています。Wikiによれば、彼の主著である「光学の書」が、12世紀頃にはヨーロッパでラテン語に翻訳されているようですので、ロジャー・ベーコンは間違いなく翻訳本を読んでいるでしょう。
http://en.wikipedia.org/wiki/Alhazen
以上を知るまで、私も仮説・検証という方法はイギリス生まれで、それは多神教のケルト文化がイギリス社会の基層にあるからではないかと思っていました。一神教からはドグマしか生まれませんからね(同様に多神教からも普遍的理論を追求する姿勢は出てきません。だから、両方の-つまり演繹と帰納の-要素を持つイギリスで科学的方法が生まれたと思ったわけです)。
ところが、一神教のイスラム世界から化学的方法論が生まれたわけですから、不思議です。恐らくイスラム教の中に、キリスト教とは異なる性質(ドグマに毒されない)があるのかもしれません。ところがイスラム教を全く知らない私にはこれ以上の考察は出来ず、ストップしています。
ご意見ありましたら、お願いいたします。