太田述正コラム#0142(2003.8.16)
<対朝鮮半島戦略を練る中国(その2)>
前回中国は、李氏朝鮮は第一に観念的にはツングース系の国であるので、後に清となって漢民族を征服し、漢民族と融合するに至ったツングース系の国である金と同様、中華世界に属するだけでなく、李氏朝鮮は第二に明(そして清)の文字通りの属国でもあったので、同国の歴史は中華世界の歴史の一環である、と主張する準備を整えつつあるとも考えられる旨のご説明をしました。
仮に李氏朝鮮が中華世界の一員だということになると、李氏朝鮮が日本によって滅ぼされてその支配下に置かれていた期間は、台湾と同様、中華世界の一部が一時的に中華世界の外の国の一つである日本に占領されていた期間であるにすぎず、先の大戦における日本の敗北後、朝鮮半島の北部(朝鮮民主主義共和国=北朝鮮)は中国の事実上の属国として中華世界に復帰したという主張も可能になります。
(なお、中華世界から「離脱」したモンゴルが「復帰」の対象になりうるのはもとより、ロシアに「奪われた」アムール・ウスリー河以北の地やカラフトについても、現在アムール・ウスリー河以北に合法非合法の中国人定住者が押し寄せている傾向が続けば、これらの地の中華世界への「復帰」に向けての条件も整うことになります。)
さて、コラム#115(2003.4.16)で、私は北朝鮮は核開発を断念した、すなわち米国等に「降伏」したと指摘したところですが、中国政府も私と同様の判断に立った上で、北朝鮮が遠からず崩壊する可能性が大いにあると見ているのでしょう。
北朝鮮が崩壊すれば、韓国が北を吸収する形で朝鮮半島の統一がもたらされることになります。
中国は、北朝鮮という、事実上の属国でありかつ開放体制の世界との緩衝国家でもある存在の消滅に備え、統一された朝鮮半島全体を属国化・緩衝国家化する戦略を、朝野を挙げて懸命に模索中であると考えられるわけです。
かたや、日本に北朝鮮崩壊・朝鮮半島統一を想定した対朝鮮半島戦略を模索する動きはあるのでしょうか。
何もないと言ってもいいでしょう。
政府(防衛庁)の一機関である防衛大学校の西原正校長が、8月14日付の米紙・ワシントン・ポストに寄稿し、米国が北朝鮮と不可侵条約を結んだ場合の危険性について、北朝鮮が核兵器開発を放棄した場合でも、生物・化学兵器は保有しており、日本に対する攻撃に使用する可能性があると指摘。その場合、在日米軍は北朝鮮と不可侵条約を結んでいるために日本を防衛できない可能性があるとしたうえで、「日本は米国との同盟に依存できなくなり、報復のための核兵器開発を決定するかもしれない」と論じた旨、15日付の日本の新聞各紙で大々的に報じられました。
ポスト掲載記事そのものを読んでいないという留保の下、敬愛する西原先生にこんなことを申し上げたくはないのですが、今までさんざん日本の核武装の可能性を否定されてきた(コラム#79参照)というのに、今更何ですかという思いがすると同時に、(そもそも米国が北朝鮮と不可侵条約を締結する可能性は皆無であることはさておき、)米国と北朝鮮との間の不可侵条約が日米同盟に抵触するかのような西原流の論理にもついて行けません。
不可侵条約を締結したとしても、米国自身或いは米国の同盟国が北朝鮮から武力攻撃を受けた、あるいは受けるおそれが出てきた場合に、米国が個別的及び集団的自衛権を行使して、自国または米国の同盟国を防衛することに何の問題もないからです。
いま、日本政府が行うべきことは、こんな言葉遊びではなく、核政策や北朝鮮崩壊の場合の政策について、実行可能性があるオプションを何案か検討して用意しておくことであり、かつ朝鮮半島の統一を想定した対朝鮮半島戦略の模索にただちに着手することでしょう。
(完)