太田述正コラム#5926(2012.12.25)
<米墨戦争と米国の人種主義(その6)>(2013.4.11公開)
 (5)グリーンバーグ批判
「<米墨戦争において、米国が>心許ない(dubious)勝利しか得られなかった点について、<反戦運動を展開した>クレイ、リンカーン、及び彼らの同盟者達は、本当のところ、一体、どれだけ貢献したのだろうか。
 南北戦争、第二次世界大戦、或いはメキシコ革命といったものと比較して、米墨戦争について書かれたものは、比較的少ない。
 しかし、グリーンバーグより以前の若干の歴史家達は、彼の領土的諸目的の全てを達成することなく米軍部隊を撤兵することをポークに強いたものは、国内の反対論というよりメキシコ側の抵抗だった、ということについて、説得力ある形で主張している。
 テキサス基督教大学出版会から2005年に出た、アーヴィング・レヴィンソン(Irving Levinson)<(注15)>の『戦争の中の戦争–メキシコのゲリラ達、米国のエリート達、そして米国 1846~1848年(Wars Within War: Mexican Guerrillas, Domestic Elites, and the United States of America, 1846–1848)』は、かつてメキシコ政府に対して戦った小作(peasant)運動がどのようにその武器を米墨戦争の経過の中で米占領軍に向けるようになったか、を徹底的に明らかにしている(document)。
 (注15)テキサス大学歴史・哲学学科教授。
https://portal.utpa.edu/portal/page/portal/utpa_main/daa_home/coah_home/history_phil_home/history_home/history_imagesfiles/Irving%20Levinson%20CV.pdf
 このレヴィンソンの本は、メキシコの陸軍将校かつ歴史家で、19世紀に米墨戦争についていくつも本を書いたラモン・アルカラス(Ramon Alcaraz)<(注16)>によって最初に提起された考え方を裏付ける証拠を提供している。
 (注16)彼の米墨戦争の本のうち、’Apuntes para la historia de la guerra entre Mexico y los Estados Unidos’(1848年)が1850年に’The Other Side, or: Notes for the History of the War Between Mexico and the United States, Written in Mexico’として英訳された。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ram%C3%B3n_Alcaraz
 アルカラスは、メキシコ全域における長期化した大規模叛乱が、最終的に、米国に<平和>条約締結なくしての部隊撤兵を強いた、と結論付けた。
 実際、ポークの将官達は、正規部隊との戦闘よりも反乱者達との長引く闘争の方が高くつくことを理解したのだ。
 1848年の、エルパソ近くでの500名のニューメキシコ人、アパッチ族、そしてコマンチ族による200人の米軍部隊に対する攻撃のような、メキシコ人と土着民の諸集団が共同軍を構成するシナリオを、米軍の指導者達はとりわけ懸念した。・・・
 ・・・<ここからも分かるように、この>『邪悪な戦争』の主たる欠点は、境界の向こう<(メキシコ)>側で得られる諸史料をおおむね無視しつつ、古文書コレクションから新聞に至る、米国の歴史資料源からの証拠にほとんどもっぱら依存していることだ。・・・」(D)
3 終わりに
 前から申し上げてきたのは、米国は、その前史たる北米植民地時代から帝国主義的であったところ、第二次世界大戦までの人種主義的帝国主義(米帝国主義マークI)時代と、それ以降の日本的帝国主義(米帝国主義マークII)時代とに大きく分けられることであり、かつ、前者の人種主義的帝国主義の時代が、更に、領土拡張的帝国主義(人種主義的帝国主義マークI)と1898年の米西戦争・・キューバを併合しなかった・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E8%A5%BF%E6%88%A6%E4%BA%89
以降の領土非拡張的帝国主義(人種主義的帝国主義マークII)に分けられることです。
 グリーンバーグのこの本を通じて分かったのは、領土非拡張的帝国主義への転換の兆しが既に米墨戦争中に見られる、ということです。
 一番いい例がリンカーンです。
 リンカーンが人種主義者であったことは、以前にも記しているところですが、彼は、人種主義者なればこそ(黒人の米国からの追放をも期しつつ)奴隷制に反対し、後に南北戦争を戦った、と言っても過言ではないわけであり、米墨戦争の時にこの戦争に反対した人々・・リンカーンもその一人だった・・の脳裏にも人種主義があって、領土拡張することで白人が有色人種と混淆することへの懸念があったことも、この本を通じて思い知らされた次第です。
 しかし、この本を書いたグリーンバーグが、書評子の最後の指摘から分かるように、メキシコ側の抵抗の熾烈さについて無知であった(あえて無視した?)ことは、人種主義こそ克服しつつあるのかもしれない現在の米国にあって、いまだに米国のインテリの大部分が、米国は軍事的には無比であり続けてきた、との思い込みにとらわれていることを示唆しているように思います。
 (グリーンバーグの場合、ベトナム戦争において、米国が、軍事的には勝利寸前であったのに、米国内の反戦運動の高まりによって、ベトナムから撤退せざるをえなかったということが念頭にあって、ベトナム戦争的に米墨戦争を見てしまい、このような本を書いてしまった、ということなのではないでしょうか。)
 
(完)