太田述正コラム#0170(2003.10.14)
<「降伏」した北朝鮮とパレスティナ>

1 始めに

 前回のコラムで紹介した、イスラエルの核に関するロサンゼルスタイムスとオブザーバー紙の記事を紹介したりフォローしたりする報道は、インターネットで見る限り、日本のメディアでは全く見られません。
 このことはリークした米国政府高官二名の予想の範囲内でしょうが、改めてあきれかえっている彼らの姿が目に浮かぶようです。他方、間違いなく北朝鮮と中国はこの両紙の報道に注目していることでしょう。日本では、政府も国民も、従ってまたメディアも自国の安全保障に全く関心を持たず、グローバルに物事を見ることもしませんが、その弊害がここに端的にあらわれています。
米国や英国の指導層は、常に自国の安全保障を機軸に据えて、グローバルに物事を見ているということを忘れてはなりません。米国の政府高官(しかも二人も)が中東の核問題についてリークするということは、北東アジアにおける核問題も射程に入れた上であると読まければいけないのです。
私自身はできる限り、日本の安全保障の観点から、しかもグローバルに物事を見ることに心がけています。
その一つが、北朝鮮情勢とパレスティナ情勢がシンクロナイズしてきていることに着目し、両者の動向をいつも比較対照していることです。
ずばり申し上げれば、北朝鮮もパレスティナも、どちらも圧倒的に優勢な敵・・北朝鮮にとっては米国、パレスティナにとってはイスラエル(その背後に米国がいる)・・にすくみあがり、白旗をあげた上で、現在「降伏」条件のつめをしているが、「降伏」条件の具体的な提示ができなくて困り果てている状況である、と私は見ているのです。

2 北朝鮮情勢

 私が日本は名実ともに米国の保護国であると指摘していることは、多くの読者はよくご存じのことと思います。
 保護国であるあらわれのいい例が、不審船も拉致も問題視せず、北朝鮮に対して日米韓三国中、最も宥和的な態度を戦後ずっととり続けてきた日本が、まず不審船について米国に叱咤され、次いで拉致について、金正日の判断ミスによってその存在が明らかにされるや、反北朝鮮の急先鋒へと180度カジを切ったことです。北朝鮮は戦後一貫して日本の安全保障上の脅威であったにもかかわらず、保護国は自国の安全保障を自分の頭で考えることをしないわけで、だからこそ日本は、こんな非論理的な大変身を何の苦もなくやってのけられるのです。
 さて、日本では六カ国協議の再開とその成功を期待する声が圧倒的ですが、私は北朝鮮が六カ国協議に応じたと聞いた瞬間、これは北朝鮮が米国に降伏したこと、従って核開発は断念したことを意味すると感じ、その旨をコラム(#115)で指摘した次第です。
 なぜそう考えられるのかは簡単な話です。
 ご承知のように、北朝鮮は米朝二国間対話を一貫して主張してきましたが、これは当然のことでした。北朝鮮に敵意を持ち(ブッシュ政権に至っては、北朝鮮を悪の枢軸三カ国の一つと名指しした!)、かつ北朝鮮の体制変革を行う軍事能力を有するのは米国だけであり、北朝鮮が核開発するとすれば、その目的はもっぱら対米抑止力の保持にあるはずだからです。
 ですから、もし米ブッシュ政権が本当に北朝鮮の核問題を平和裡に解決する意志があるのであれば、二国間協議に応じなければおかしいことになります。米朝二国間協議では、まず北朝鮮側が核開発計画の検証可能でかつ非可逆的な形での放棄を約束した上で、拉致問題も一応遡上に載せ、家族の一部の日本帰国くらいで手をうつとともに、経済援助問題や日朝国交回復問題も含めて二国間で事実上の最終結論を得た上で、後でキャッシュディスペンサー役の保護国日本に金銭面等でのツケを回せば済むはずです。(対イラク戦ですら、単独で、英国抜きででもやろうとしたブッシュ政権であることを思い出してください。)
 それをやろうとしないということは、米国政府にこの問題を平和裡に解決する意志がないということでしょう。拉致問題にしか関心がない、従って核問題協議の足を引っ張るだけの、しかも保護国に過ぎない日本を正式メンバーに加え、おまけに北朝鮮に甘いだけのロシアまで引っ張り込んだのですから、協議が実質的な成果を生み出さないことを米国が意図していることは明白です。
 いい面の皮が米国から北朝鮮説得役を押しつけられた中国です。米国から日本核武装カードをちらつかされ、しぶしぶ北朝鮮説得に乗り出したものの、余り本気になりすぎると、北朝鮮にそっぽを向かれるくらいならまだしも、逆上した北朝鮮に、(実際に持っているかどうか分かりませんが、)核弾頭付きのノドンを北京にぶち込まれる悪夢に直面しなければならなくなる、というあわれな立場です。米国としては、中国による説得にも実は殆ど期待していない、と見るべきでしょう。
 となると米国の本当のねらいは、六カ国協議に参加することで世界のハト派を籠絡しつつ、この協議が実質的成果を生み出さないままの状態を継続させ、北朝鮮を自壊させるか、耐えられなくなった北朝鮮に核実験でもさせて世界世論を敵に回させた上で、米国主導で経済封鎖、更には軍事力行使を行って北朝鮮の体制変革を実現する、ことであると思われます。
 以上が当時の私のヨミだったわけですが、このヨミが正しかったことが、最近の報道で明らかになりました。すなわち、チェイニー副大統領やラムズフェルト国防長官といった米国政府内のネオコンが、六カ国協議の際に会議への米国代表(ケリー国務次官補)にパウエル国務長官が直接指示をすることをブッシュ大統領に禁じさせた上、会議の場で米国代表が北朝鮮代表と二国間で話をしたことを知って爾後二度とこのようなことをしないように大統領(ライス補佐官)に命じさせた、(ただし、六カ国協議に北朝鮮をつなぎとめておくための説得を行うための二国間での話を最後に行うことは認めた)という報道です。(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A13695-2003Oct11.html。10月12日アクセス)
 金正日に、ブッシュ政権のこういった魂胆が見えていないはずがありません。その彼が六カ国協議に応じた、ということは、彼が米国に「降伏」したということであり、そんな六カ国協議なる泥船にすらわらをつかむ思いですがりつかざるを得ないほど、彼が追いつめられている、ということを意味するのです。

 (続く:北朝鮮が、「現在「降伏」条件のつめをしているが、「降伏」条件の提示ができなくて困り果てている状況である」こと、及びパレスティナの状況については次回。)