太田述正コラム#6104(2013.3.24)
<太平洋戦争における米兵のPTSD(その1)>(2013.7.9公開)
1 始めに
別のシリーズを書いている最中ですが、デール・マハリッジ(Dale Maharidge)の新著『マリガンを連れ帰る:良き戦争の他の半面(Bringing Mulligan Home–The Other Side of the Good War)』のさわりを、その書評等をもとにご紹介し、私のコメントを付けるシリーズを、並行して書くことにしました。
A:http://online.wsj.com/article/SB10001424127887324077704578360303054416938.html?mod=WSJ_Opinion_LEFTTopOpinion
(3月22日アクセス。書評(以下同じ))
B:http://www.cleveland.com/books/index.ssf/2013/03/dale_maharidges_bringing_mulli.html
(3月23日アクセス(以下同じ))
C:http://hnn.us/articles/murray-polner-review-dale-maharidge%E2%80%99s-%E2%80%9Cbringing-mulligan-home-other-side-good-war%E2%80%9D-public-a
D:http://www.goodreads.com/review/show/563915014
E:http://www.cleveland.com/entertainment/index.ssf/2013/03/author_dale_maharidge_discover.html
F:http://www.bbc.co.uk/news/magazine-21849495
( http://lifeofbrian.blog.fc2.com/blog-entry-32.html ←上記記事の紹介。)
G:http://maharidge.wordpress.com/
(執筆最中の著者によるコラム)
H:http://news.columbia.edu/maharidge
(執筆最中の著者についての紹介(以下同じ))
I:http://www.huntingtonnews.net/57813
なお、マハリッジは、1956年生まれの、米国人たるピュリッツァー賞を受賞した著述家兼ジャーナリストであり、ジャーナリズムについて、スタンフォード大学で教鞭を執った後、現在、コロンビア大学の准教授をしている人物です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Dale_Maharidge
まず、下掲に目を通してください。
「・・・昔,日本軍の兵隊として中国侵略の手兵となった日本のお父さん・おじさんたちのなかには,現地で女性を犯し,子ども・赤子も殺してきたけれども,幸いにも復員できてから,家族や知人<に>その事実をなにも語らず,ただ1人で悩みつづけたという「良心の呵責」をもっていた人もいる。しかし,旧日本軍の将兵たちは,いわゆる「三光作戦」(殺しつくし・焼きつくし・奪いつくす)に従事させられてきても,その真実の出来事を公の場で告白する者が非常に少ない。
もちろん,日本の兵士たちにもPTSD(心的外傷後ストレス障害)に追いこまれた者がいないわけではない。しかし,神国日本のための「聖戦」に赴いた「われわれになんらやましい」ところはないとする「確固たる軍人魂」を抱けるように教育されてきたせいで,敗戦後の日本にあってほとんどの人びと=旧日本軍兵士は,ひそかに私的にその自慢話(手柄)にすることはあっても,表面に出して組織的に社会問題化させることはなかった。・・・
旧日本軍の将兵たちがPTSD・・・に罹患する確率は,世界中の軍隊のなかでどうやら一番少ないという。この事実は,関西学院大学教授で精神科医の野田正彰がくわしく説明している・・・。
野田の著作『戦争と罪責』(岩波書店,1998年)は「戦中・戦後を通じて,日本人は『悲しむ力』を失い続けてきた。どうすれば,責任を感じる能力を取り戻せるのか。中国で残虐行為を行った旧兵士への徹底した聞き取りを通じて解明する,われわれの心の中の,欠落と抑圧の問題」を議論している。
問題の焦点は,戦争の現場に送られ心に深い傷を受けて帰国した兵士たちが「その後における日常生活」を正常に過ごせなくなる〔アメリカでは約30万人もいる〕のとは対照的に,アメリカ「帝国」のばあい,現ブッシュ大統領も連なっている社会層のことだが,この国のこの支配層が「一般兵士たちを消耗品あつかい」している事実が浮かびあがってくるところにある。こうした〈庶民〉と〈エリート層〉の政治社会的な支配従属関係は,どこの国にあってもかたちをかえて共通する現象でもある
戦争において将兵ともに「消耗品」であることに関していえば,「武器・弾薬」などとかわる点はない。軍の参謀たちの「机上演習」では,「武器・弾薬」はもちろんのこと,数千・数万の将兵が〈消耗〉されることを前提に検討をおこなう。この参謀たちが仕えるのは「その国々の支配者・政治的指導者」である。この関係=体制は,独裁国家であろうと民主制国家であろうと,本質面においてはなにもかわらない。・・・」
http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=1654792
「旧日本軍の将兵たちがPTSD・・・に罹患する確率は,世界中の軍隊のなかでどうやら一番少ない」というくだりについては、「どうやら」というのですから頼りないこと夥しいものがあるけれど、恐らく正しいのであろうと思います。
基本的に同じ制作者が制作したところの、先の大戦における欧州戦線と太平洋戦線における米兵の戦いぶりをそれぞれ描いた米国のTVドキュメンタリー・ドラマ・シリーズ・・米兵は欧州戦線ではかからなかったPTSDに太平洋戦線ではかかった(、ただし日本兵については、?)・・の評論を通じて私が行った主張とほぼ同じ指摘を行っている人が日本にも他にいることは心強い限りです。
ただ、少なくともこの文章を読む限りにおいては、野田正彰による、どうして旧日本軍では「一番少ないのか」についての説明は説明になっていません。
この際、私が行った説明を「映画評論28:ザ・パシフィック」シリーズ(コラム#5086、5094、5096、5098、5100、5102)を読むことで振り返ってみてください。
ついでに、欧州戦線の方のTVドラマ・シリーズの評論である、「映画評論6:バンド・オブ・ブラザーズ」シリーズ(コラム#4180、4184、4188)についても、お時間があればどうぞ。
さて、『マリガンを連れ帰る』は、太平洋戦線における米兵のPTSDの深刻さを正視するとともに、米側から見た太平洋戦争の大義や当時の米軍の戦略に対する批判を提起した本です。
米国でこのような本が上梓され、(私が読んだ限りでは)どちらかと言えば好意的な書評が寄せられるようになったからには、ようやく米国の有識者層との間で日米戦争についてホンネの建設的な議論を交わすことが可能な状況になりつつあるのかもしれないとの思いを抱きつつ、以下の記述を進めて行きたいと思います。
(続く)
太平洋戦争における米兵のPTSD(その1)
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