太田述正コラム#0227(2004.1.10)
<イラク派遣自衛隊をめぐる法的諸問題(その1)>

 9日にはイラク復興支援特措法に基づき、陸上自衛隊先遣隊に派遣命令が下され、航空自衛隊本隊にも派遣命令が下されました(http://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20040110/mng_____sei_____001.shtml。1月10日アクセス)。
 軍隊ではないことになっている自衛隊が、いよいよ「危険な」イラクに派遣されることになったわけです。そこで、これに伴う法的諸問題を取り上げて見ました。

1 戦時のイラク
まず、イラクは「戦時」なのです。
米ブッシュ政権は、対テロ戦全体を戦争(武力紛争)としてとらえており、このことに対しては他国や国内で批判の声がありますが、イラク戦争が文字通りの戦争(武力紛争)であり、この戦争が法的には現在でも継続中であることについては、いかなる国も疑義をさしはさんではいません。
つまりイラクは法的には平時ではなく戦時であり、例えば、脅威が差し迫っていなくても、「敵」が戦闘不能の状態にあったり、降伏しようとしていたり、捕虜となっていたり、の状態でない限り、この「敵」に警告なしに危害を加えることができますし、武力紛争が終わるまで、この「敵」を捕らえておくこともできます。
サダム・フセインは、このような戦争捕虜として現在イラクに侵攻した米軍の手中にあることはご承知の通りです。
その戦時のイラクに自衛隊は派遣されることになったわけです。

2 イラク派遣自衛隊をめぐる法的諸問題
(1) イラク特措法の問題点
このことを念頭に置くと、イラク復興支援特別措置法(イラク特措法)には種々問題点があります。

ア ポジ法規であること
 本来、軍隊というものは、平時の市民法の下では違法で刑罰が課される、殺人、放火、器物損壊等を行うことが許されるという、いわば何でもありの世界で活動する存在です。
従って、どこの国でも軍隊の権限については、ネガ規定(=??をやってはならない)方式で規制しています。つまり、(国際人道法上禁止されている)民間人の殺害は行ってはならない、というように禁止規定が列挙された上で、それ以外は何をやってもよいこととされているのです。
ところが自衛隊の場合は逆であり、あらかじめ付与された権限だけが行使できるという、ポジ規定方式で厳格に規制されています。「自衛隊法」がそうなっていますし、「イラク復興支援特別措置法」(イラク特措法)もそうです。
 安全保障上の緊急事態においては、予想もしなかった事態が起きることの方が多いのであって、これでは、いざという時に自衛隊はものの役に立たないということになりかねません。
 吉田ドクトリンの下では、自衛隊は日米安保の信頼性を担保するための見せ金として維持されてきただけであり、その自衛隊が使われるような事態は全く想定されていなかったことから、ポジ規定方式でよかったし、ポジ規定方式であるべきだとされてきたのです。

イ 臨時法規であること
同様の考え方から、自衛隊に新たな権限を付与する場合は、期間を区切った臨時法規をその都度制定して対応する、というやり方がとられてきました。「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法テロ対策特措法」(テロ対策特措法)がそうでしたし、イラク特措法もそうです。
自衛隊のイラク派遣が長期間になった場合、派遣根拠法たるイラク特措法の四年目の期間延長手続きが、たまたまうまく行われなかった時には自衛隊が無権限になってしまうのをどうするのかという問題はさておき、テロ対策特措法のフルネームの長さを見ただけでも、緊急事態において、急いで自衛隊に新たな権限を付与しようと思っても、到底間に合うわけがない、という気がしてくるでしょう。
 これに関連し、自衛隊に恒久的に新たな権限を付与する場合は、特別法を制定し、自衛隊法の改正は極力避ける、というやり方をしてきたことも覚えておいていいでしょう。「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」(PKO法)がそうです。特別法であれば、「新たな権限」は自衛隊の本来の任務とは関係がない、ということになることから、将来、特別法を廃止して「新たな権限」を剥奪しやすいというわけです。

ウ 警察法規であること
 軍隊としての権限行使・・武力の行使・・は認めず、警察としての権限行使・・武器の使用・・だけを認めています。PKO法もテロ対策特措法もそうなっています。
 「自己又は自己と共に現場に所在する他の隊員<若しくはその職務を行うに伴い自己の管理の下に入った者>の生命又は身体を防衛するためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で、当該小型武器を使用することができる。」がその規定です。
 一般市民並みの正当防衛ないし緊急避難としての武器使用だけが認められているわけです。しかも一般市民より要件は厳しく、他人のための武器の使用は、その他人が「隊員」である場合と、「自己の管理の下に入った者」について認められているだけです。これは集団的自衛権行使禁止の政府憲法解釈があり、自衛隊員に外国において他人のための武器使用を許すケースを更に拡大すると、禁止されているところの日本以外の者のための武力の行使との線引きが困難になってくるからです。
ちなみに<>は、2001.12.7のPKO法改正に伴い挿入された箇所であり、上記憲法解釈が微修正されたと言ってもいいかもしれません。(なお、この改正時に、いわゆるPKF参加も解禁されましたが、自衛隊はまだPKFに参加したことはありません。)
 これと同じ規定がテロ対策特措法とイラク特措法にも設けられています。
 イラクに派遣される自衛隊は、治安維持部隊ではないので武力行使をする必要がないということなのでしょうが、このような形での武器の使用しか認められていないのでは自隊を「専守防衛」するためにも不十分なだけでなく、派遣地域を担当するオランダ治安維持部隊にいたずらに負担をかける惧れがあります。
 せめて、他人のための武器使用を許すケースの更なる拡大を行うべきでした。

(続く)