太田述正コラム#8879(2017.1.27)
<映画評論48:君の名は。(その1)>(2017.5.13公開)
1 始めに
監督、脚本、原作が新海誠(注1)であるところの、日本映画、『君の名は。』については、映画を見てから、「公開を2か月後に控えた6月18日には、映画公開に先駆けて『小説 君の名は。』が発売。・・・映画と小説とで物語上の大きな差異はない」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%90%8D%E3%81%AF%E3%80%82 ☆
ことを知りました。
(注1)1973年~。日本のアニメーション作家・映画監督。父はゼネコン社長。中央大文学部(国文)卒。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%B5%B7%E8%AA%A0
これは、この映画にとって、ストーリーの全貌が事前にバレバレであっても全く困らないこと、つまりは、ストーリーで魅せる映画ではないこと、を意味します。(注2)
(注2)映画を見ただけでは分からない、そのストーリーのキモがここに紹介されている。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13163716518
小説を読まずに映画を見た人にも小説を買わせるために、映画で、このキモをあえて描かなかった、と推察される。
これは誰にも分かることであり、現に、現在引き続き上映中だというのに、お定まりの「ネタバレ注意」警告がこのウィキペディアに掲げられていません。
ところが、ご承知のように、私は、ストーリー批評を旨としているので、こりゃアカン、私の出る幕はない、と、一旦はこの映画をコラムとして取り上げるのを止めようかと思ったのですが、それが、日本を含め、東アジア(とイギリス)で大ヒットをしている(注3)
(注3)コラム#8636、8696、8754、8756、8768、8770、8772、8776、8786、8788、8790、8794、8804、8810、8814、8842、8844、8864.
韓国について、追加しておく。
http://www.asahi.com/articles/ASK1N3GQJK1NUHBI01R.html
タイ、台湾、香港について。
http://www.johoseiri.net/entry/2016/12/06/052318
やや、趣旨は異なるが、シンガポールについて。
http://www.sinlog.asia/entry/2016/11/15/124325
のは一体どうしてか、を書いてみよう、と気を取り直した次第です。
この映画は、新海によって、露骨に言えば、映画を核として小説や関連グッズ等も含め、最大限の収益をあげることを狙って周到に作られたものであるところ、その周到さを追及してみよう、と思った、と申し上げた方がいいかもしれませんね。
2 新海の周到さ
(1)日本的セッティング
ア 日本の大都会と田舎の美しさ
これは、私があれこれ記す必要はありますまい。
イ 男女の入れ替わり
これについては、この映画の公式パンフレット(36頁)に、小野小町の和歌、「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを 『古今集・序』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E5%B0%8F%E7%94%BA
、及び、『とりかへばや物語』(注4)、からヒントを得た旨が記されているところです。
(注4)「『とりかへばや物語』(とりかえばやものがたり)は平安時代後期に成立した物語である。作者は不詳。「とりかへばや」とは「取り替えたいなあ」と言う意の古語。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%8B%E3%81%B8%E3%81%B0%E3%82%84%E7%89%A9%E8%AA%9E
これは、日本人のほぼ全員が具有する縄文性の属性の一つたる中性的であること、を背景として生まれた物語(コラム#8786等)であり、私は、世界全体を調べたわけではありませんが、日本特有の物語である、と考えています。
で、これまた、公式パンフレット(34頁)に、大林宣彦監督の『転校生』と『時をかける少女』が男女の入れ替わりというセッティングの映画であるところ、これら映画も参考にしたのではないか、とアニメ研究家の氷川竜介が書いていますが、私も同感です。
もちろん、新海は、この日本特有のセッティングは日本を含む広範な国や地域でウリになる、と計算したわけです。
(続く)
映画評論48:君の名は。(その1)
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