太田述正コラム#8963(2017.3.10)
<下川耿史『エロティック日本史』を読む(その1)>(2017.6.24公開)
1 始めに
 中断している「入江曜子『古代東アジアの女帝』を読むシリーズ」と相前後してシリーズに仕立てようと一旦は思ったものの、いささか内容がどぎついこともあり、放置していたところの、表記シリーズを立ち上げることにしました。
 (とはいえ、連続して完結させるつもりはなく、他のシリーズや単発コラムと並列させる形で続けたいと思っています。)
 2014年のろくでなし子事件(コラム#7060、7075、7383)のことがずっと心中に蟠っていたところ、「トップ女優がおびえる「無修正AV」の闇 有名嬢逮捕、出演した女優や男優まで立件…」
http://www.sankei.com/affairs/news/170308/afr1703080022-n1.htm
(3月9日アクセス)という事件への強い違和感が私の背中を押してくれた次第です。
 なお、下川(1942年~)は、「福岡県生まれ。早稲田大学文学部社会学科卒業、産経新聞社を経て、フリー編集者、家庭文化史、性風俗史の研究家として著書多数。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%B7%9D%E8%80%BF%E5%8F%B2
という人物であり、取り上げたこの本は、昨年3月発行です。
2 下川耿史『エロティック日本史』を読む
 「日本人で初めてセックスした男女といえば、いうまでもなくイザナギとイザナミである。・・・『古事記』と『日本書紀』に<出てくる。>・・・
⇒イザナギ・イザナミは果たして日本人か、なんて野暮なことは言うのはやめときましょう。
 両書からの引用部分は省略するので、万一ご存じない方がおられたら、『古事記』や『日本書紀』にご自分であたってください。(太田)
 実はこの話<は、>・・・紀元600年頃に成立した中国の『洞玄子』という本の中に、「天は左に転り、地は右に廻る。男唱えて女和し、上為して下従ふ。此れ物事の定理なり。故に必須男は左に転り、女は右に廻り、男は下に衝き、女は上に接すべし」・・・<から>明らかに・・・採られたと思われる。さらに付け加えると、『洞玄子』は古代中国の代表的な性の指南書である。つまり日本創世の神話は中国の性書からパクったものというわけである。」(18~20)
⇒日本以外の世界各地の創造神話には、宇宙卵型、潜水型、世界巨人型/死体化生型、一神教、等がありますが、日本のそれは、ほぼ唯一、世界両親型である点でユニークである
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E9%80%A0%E7%A5%9E%E8%A9%B1
ところ、セックスが赤裸々に描写されているという破天荒な代物であって、しかも、それが国によって作られた二つの初めての国定歴史書群
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BA%8B%E8%A8%98
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80
に、隣国のポルノ的文献の内容を援用する形で堂々と描かれている、ときているわけです。
 これは、日本文明において、セックスが、いかに、根源的、かつ、聖俗併せ持った、日常的であけっぴろげなものであるか、を物語って余りあるのではないでしょうか。
 付言しますが、第一に、イザナギとイザナミが兄妹であってかつ夫婦である
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%8A%E3%82%AE
ことからも分かるように、日本文明においては、近親相姦のタブーが存在しないらしいことであり、第二に、『古事記』に出てくる最初の5代の神々である別天津神(ことあまつかみ)はことごとく独神(男女の性別のない神)であり、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A5%E5%A4%A9%E6%B4%A5%E7%A5%9E
次に出てくる7代の神々である神世七代(かみのよななよ)のうち、最初の2代も独神で、3代からようやく、男女一対となり、7代のイザナギ・イザナミに至る・・日本書紀では異なるが立ち入らない・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E4%B8%96%E4%B8%83%E4%BB%A3
ものの、イザナギ・イザナミの子である天照大神について、当初から多数が女神としているところ、伊勢神宮を含む少数が男神としている
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%85%A7%E5%A4%A7%E7%A5%9E
、といった具合であり、日本文明は、性別におおらか、というか、中性的、であることです。(太田)
(続く)