太田述正コラム#0491(2004.10.3)
<吉田ドクトリンの呪縛(その1)>
1 始めに
小泉首相は9月1日に突然、沖縄の負担軽減のためと称し、沖縄の米軍基地の本土移転を唱えました。(http://www.asahi.com/politics/update/1001/005.html。10月3日アクセス。
これに対し岡田民主党代表は、首相発言は具体策を伴っていないとケチをつけるだけで、「民主党が政権を獲得した場合でも、一部の基地を本土に移転することがありうるとの認識を示し」ました(http://www.asahi.com/politics/update/1002/003.html。10月3日アクセス)。要するに、民主党は何の代替案も持ち合わせていない、ということです。
日本の与党と野党を代表するこの二人の政治家の筋悪の発言を聞くと、一体いつになったら日本は吉田ドクトリンの呪縛から逃れられるのか、と改めて嘆息させられます。
2 米軍基地問題とは何か
そもそも、沖縄の米軍基地問題とは一体何なのでしょうか。
在日米軍基地が本土に比較して沖縄に集中していること自体が問題の本質であるわけがありません。日本経済新聞論説委員の伊奈久喜氏が数日前の紙面で指摘していたように、観光地として知られるハワイのオアフ島の面積に占める基地の割合は沖縄本島以上に大きいにもかかわらず、ハワイでは、同じく観光地である沖縄におけるような基地問題が存在せず、基地の負担が米本土に比べて重いといった議論もまた耳にしたことがないからです(注1)。
(注1)もう四半世紀前も前になるが、初めて防衛庁の仕事でハワイのオアフ島を訪れた時、繁華街であるワイキキ・ビーチ周辺はともかくとして、玄関であるホノルル国際空港からして空軍基地であり、あの海軍艦艇基地のパールハーバー、海軍航空基地のバーバスポイント、そして太平洋軍司令部等、島中基地ばかりであることにびっくりすると同時に、地図を見ると高速道路が基本的に各基地の間だけを走っていることに二度びっくりした記憶がある。
つまり、沖縄の米軍基地問題とは、
ア 軍事力の意義を没却した社会において、
イ 外国の軍隊が、
ウ 少なからず市街地の真ん中に盤踞していること
に伴って生じる諸問題であり、日本全体の米軍基地問題の縮図なのです。
3 何をなすべきなのか
(1)過疎地への移転オプション
そうである以上、沖縄の基地問題軽減のためにまず考えなければならないことは、市街地にある基地、就中(安全・騒音面から)、航空基地の過疎地への移転です。
とりわけ優先順位が高いのは、周辺の市街地化が沖縄の嘉手納空軍基地よりもはるかに進んでいる同じ沖縄の普天間海兵隊航空基地の、沖縄ないし本土の過疎地への移転です。(本土に移転させる場合には、在沖海兵隊司令部と若干の司令部直轄部隊もその近傍に移転させなければならなくなるでしょう。)
しかし、沖縄内で移転させるのは事実上不可能です。沖縄では、普天間の移転先として白羽の矢が立てられている名護市辺野古沖を含め、どこに移転しても15年間程度の使用期限を設定することが県是となっており、この条件をクリアすることは米軍との関係で不可能なだけでなく、費用対効果上途方もない愚行であるからです。結局普天間については、本土の過疎地に移転先を求めざるをえないことになります。
ところが小泉首相は、普天間基地の名護市辺野古沖への移転は既定方針通り行うと言明しており(上記サイト)、ご本人が本土移転を言い出したねらいがよく分かりません。
いずれにせよ、米軍基地の過疎地への移転というオプションは、地位協定上日本政府がその全経費を負担しなければならず、しかもハンパではない経費がかかるというのに、軍事的には全く意味がないオプションであることから、これを追求することは基本的に得策ではありません。
(2)日本国民の意識変革オプション
もう一つ考えられることは、米軍を外国の軍隊ではなく、自国の軍隊であると(沖縄の住民を含む)日本人一般に認識させるための施策を講じることです。
これは決して奇矯なオプションではありません。
日本国民は在日米軍の駐留経費のうち2,500億円弱も(減らしてきたとは言え、現在でも)負担しています(http://www.dfaa.go.jp/jplibrary/01/index2.html。9月3日アクセス)。カネに色がついているわけではないことから、これは日本が米国の国防費の一部を負担していることを意味するのであって、米国の各州の住民が米国の国防費の一部をそれぞれ負担していることと同じです。
ところが、日本は米国議会には議員を送り込んでいる米国の一州ではないのですから、これは日本が米国の保護国であることを国際通念上意味します。(広く世界を見渡しても、外国軍の駐留経費を負担している独立主権国家は、日本と韓国・・近傍の日本に米国によって強引に倣わされた・・以外は皆無であるわけはこういうことなのです。)
ですから、日本という米国の保護国の政府は、この事実を日本国民の前に明らかにした上で、日本国民が米軍を宗主国の軍隊、つまりは自国の軍隊であると認識するように鳴り物入りで教育・宣伝すべきなのです。幸い、韓国とは異なり、現在日本人の対米感情も米国人の対日感情も申し分ありません。
(もっともそこまでするのなら、もう一歩進めて、米国との合邦(米国の一州化)を追求すべきかもしれませんね。しかし、米国との自由貿易協定(FTA)の締結すら日程にのぼっていない日本が、米国との合邦を追求するのは余りにも時期尚早でしょう。)
しかし、これを仮にやったとしても、政府のそんな教育・宣伝には恐らく日本国民は耳を貸さないでしょう。誰でも、余りに不愉快な事実からは、たとえそれが真実であっても目を背けたいものだからです。
より根本的な問題は、日本が米国の保護国であり、米軍が自国の軍隊であるという認識を仮に日本国民が持ってくれたとしても、日本が軍事力の意義を没却した社会である限りは、「実際に戦争に使うための」軍隊である米軍に対する違和感や敵意はなくならないことです。
結局、このオプションはフィージブルではないと言わざるをえません。
(続く)