太田述正コラム#0492(2004.10.4)
<イラク情勢の暗転?(その5)>
4 イラクの今後
(2)スンニ派地区は平穏化する
イラクが三つに分裂しないと私が考えるのは、現在荒れに荒れているスンニ派地区(注7)も、必ず早晩平穏化すると思うからです。平穏化さえすれば、クルド人も分離独立の名目を失い、イラクの一員としてとどまらざるをえなくなるでしょう(注8)し、シーア派については、スンニ派との通婚等を通じたオーバーラップ状況がクルド人とスンニ派よりもはるかに密であるだけに、喜んでスンニ派との共存を続けて行くことでしょう。
(注7)今までイラクの状況を単純化して説明してきたが、バグダッドのシーア派地区であるサドルシティーや、イラク北端に近く、クルド人地区に取り囲まれているスンニ派「飛び地」のモスルでも不穏分子の活動は活発だ。米国務省の統計によれば、多国籍軍やイラク治安部隊に対する主要な攻撃は8、9月(29日まで)合計で172、うちバグダッドが54、スンニトライアングルが67、モスルが27で小計148、残りの24はイラク全土に分散している(http://www.csmonitor.com/2004/0930/p01s03-usfp.html。9月30日アクセス)。
(注8)9月2日、イラクのクルド人地区で一斉に数万人規模の、独立の是非を問う住民投票の実施を国連に求めるデモが行われた(http://newsflash.nifty.com/news/ta/ta__yomiuri_20041003id30.htm。9月3日アクセス)。それぞれ国内にクルド人問題を抱えていることから、本来この動きに強く反発するはずのイランは核問題に大わらわであり、トルコはEU加盟問題が山場にさしかかっており、シリアは米国と国連の恫喝におびえ(るふりをして。コラム#488)、寂として声がない。スンニ派はもとより、シーア派もこれではうかうかしておられまい。
私がスンニ派地区が平穏化すると見る理由の第一は、アルカーイダ系「戦士」とその他の不穏分子とは利害が相容れないことから、両者の間で内ゲバが始まることは避けられないと見ているからです。
これは、アルカーイダ系は子供を含むイラク人一般市民への攻撃を厭わず、拉致した外国人の首切りを含むあらゆる手段を用いてスンニ派地区の状況を一層泥沼化させ、その結果としてターゲットとしての多国籍軍、就中米軍にできるだけ長期にわたってイラクにとどまらせることを企図しているのに対し、イラク国内系の不穏分子は、イラクの一般市民への攻撃には躊躇せざるを得ないし、拉致者の首切りについてはイラク人が野蛮人と思われると顔をしかめるし、またスンニ派地区の物的人的被害が余りも長期にわたって続くことは困るし、更にこのことで米軍等の駐留が長引いたり、イラクが三分割されてスンニ派だけ取り残されて割を食ったりするようではなお困ることから、両者の利害は短期的には合致しても、長期的には相容れないと考えられるからです。
米当局はこの内ゲバを待望しており、ラムズフェルト米国防長官自身はやる思いを、「個人的には、両者の間の亀裂は既に生じつつあると思う」と先日打ち明けたところです(http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3702710.stm。10月2日アクセス)。
理由の第二は、この内ゲバを促すような冷徹な戦略を米軍が推進しているからです。
それは空爆戦略です。米軍は連日のようにファルージャやサドルシティーの「不穏分子の巣窟」を空爆しています。
これは一見、自分達の死傷を回避するための戦略のように見えます(注10)が、地上兵力を投入したところで、圧倒的な戦力の差があるので米兵の死傷者は余り出ないことからすれば、ねらいは(ピンポイント爆撃を標榜しつつもその実、)できるだけ空爆対象の都市でcolateral damageを惹き起こすことだと判断せざるを得ません。つまり、都市の家屋や街区を破壊し、子供を含む一般市民を殺戮することによって一般市民の間で厭戦気分を蔓延させ、アルカーイダ系「戦士」とイラク国内系の不穏分子との間に楔を打ち込むことがねらいだと思われます。
(注10)ちなみに、第一次世界大戦中にオスマントルコからイラク地方を奪った英国は、1920年に蜂起に直面し、英軍兵力の不足と死傷回避のため、もっぱら絨毯爆撃的空爆に頼って翌年蜂起を収束させた。この時の空爆のねらいは文字通り蜂起の拠点たる都市や村の破壊と一般市民の虐殺による蜂起側の士気の粉砕だったが、当時は英国は国際世論など全く顧慮する必要がなかった。あのアラビアのロレンス(TE Lawrence。1888??1935年)はこの時、毒ガスの使用を献策している。(http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/2952867.stm。2003年2月3日付)
2??3ヶ月前にこんな戦略をとったら、米軍はイラクの国内世論と国際世論によって袋だたきにあったでしょうが、その後アルカーイダ系によるイラク一般市民を対象とした自爆テロ等により、世論の感覚が麻痺してきている現在、事情は異なっています。現に英米系のメディアは淡々と空爆とその被害の事実の報道のみを行っています。
もっとも米軍は空爆だけをやっているわけではなく、空爆対象都市の一般市民、正確には一般市民を代表する部族長や宗教指導者に対し、経済復興資金をちらつかせたり、逆に(それが可能な所では)経済封鎖を行ったりして、空爆の「効果」を高める努力をしています。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.atimes.com/atimes/Middle_East/FI29Ak01.html(9月29日アクセス)による。)
(続く)