太田述正コラム#0497(2004.10.9)
<無神論と神不可知論(その2)>

(掲示板でもお示ししたように、本日まぐまぐの審査結果が発表されましたが、残念ながら私のメルマガ(人気投票12位)は選に漏れました。人気投票の際の読者の皆さんのご協力に改めて感謝申し上げます。ちなみに、受賞したのは、大賞:癒しの言葉(1位)、読者賞:男心と女心―??異性の心理マーケティング(2位)、佳作:猫のおきて(15位)・[放送事故ハプニング]タレコミコーナー(18位)・貧乏食堂・ちょっとイッてるお料理レシピ(30位)、の5つです(http://www.mag2.com/books/award.htm)。
なお、前回のコラム#496の最終段落に若干手を入れてホームページに再掲載してあります。)

ところで、無神教(Non-theism)である道教(Taoism)と神不可知論者である孔子(注7)を後世神と崇めるようになった儒教(Confucianism)の支那や、ヴェーダ(Vedanta)哲学が通俗化することによって生まれた、一神教(monotheism)と多神教(polytheism)の性格を併せ持つヒンズー教のインドや、釈迦の無神教(注8)(以上、特に断っていない限り(http://www.brainyencyclopedia.com/encyclopedia/d/de/definition_of_religion.html(10月1日アクセス)を参考にした)と初期ヒンズー教が習合した北伝仏教を受容し、それを土着の多神教たる神道と両立・習合させた日本でも、欧州文明におけるような無神論は見られません。

(注7)「怪力乱神を語らず」」(『論語』述而篇)、「未だ人に事うること能わず、焉(いずく)んぞ能く鬼(き)に事えん。・・未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。」(『論語』先進篇)
 (注8)釈迦が実際に唱えたことは、南伝仏教の方が正確に伝えている(http://www.inet-mitakai.com/buddhism.html。10月8日アクセス)。

 どうやら無神論は、一神教の世界だけに見られる信条のようです。
ですから、アラブ・イスラム世界においても無神論はあってしかるべきなのですが、見あたらないのは無神論を唱えると殺されかねないからだ、ということでしょう。
 それだけに、英国に無神論が見られないことが注目されます。
 これは、英国人(イギリス人)の宗教意識がペラギウス的であり(コラム#461)、キリスト教、就中カトリシズムとは本来異質であり、かつ英国人(イギリス人)がゲルマン人由来の立憲主義(自由主義)を享受してきた、という二点において欧州人と決定的に異なっていたからです。
 他方、欧州では長年にわたって一つの教会権力(カトリック教会)と複数の政治権力とが提携しつつ、教会権力と政治権力それぞれが人々の心と言動を規制し、人々を搾取して来ました。宗教改革は、教会権力と政治権力の提携は維持しつつ、教会権力を複数(カトリック教会と複数のプロテスタント教会)に分断した、というだけのことであり、人々に対する規制・搾取構造自体は全く変わりませんでした。しかも、宗教改革の結果、宗教戦争という名の下の政治権力間の戦争が猖獗を極め、人々は塗炭の苦しみを味わうことになってしまったのです(注9)。

 (注9)最も大きな宗教戦争がドイツを舞台にした30年戦争(1618??48年)だが、欧州の最後進国の一つであるスペインにおける内戦(1936??39年)は、ファシズムと共産主義との間の戦いであると同時に、カトリシズムと反カトリシズムとの間で戦われた最後の宗教戦争だとする見方がある(http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/FF22Aa01.html。6月22日アクセス)。

 無神論は、このような教会権力の壊滅を期して生まれた信条なのです。
 そしてフランス革命とは、無神論者による革命であり、無神論の勝利でした。
 しかし、このフランス革命がその後二世紀にわたって欧州、ひいては全世界にいかなる惨害をもたらしたかをわれわれは知っています。
 教会権力の壊滅は、政治権力を野に解き放つことになり、政治権力が自ら宗教ならぬ諸イデオロギーをねつ造し、人々はナショナリズム・共産主義・ファシズムというイデオロギーによって聖化された国家権力の下で、一層過酷に規制・搾取され、呻吟することになってしまったのです。そして、アングロサクソンの介入によって政治権力の統一を阻まれ続けた欧州では、アングロサクソンとの戦争と欧州内における政治権力間の戦争が断続的に続き、欧州は最終的に第一次及び第二次世界大戦という形でいわば憤死することになるのです。

3 アングロサクソン的神不可知論と仏教

 英国人(イギリス人)の伝統的宗教意識を踏まえ、最初にアングロサクソン的神不可知論を提示したのはヒューム(David Hume。1711??76年)です。

(続く)