太田述正コラム#0500(2004.10.12)
<イラク情勢の暗転?(その8)>
(前回のコラム#499の注14のcの「てにをは」等を直してホームページの時事コラム欄に再掲載してあります。なお、この時事コラム欄内のコラム#499の位置が本来の位置より下にずれているのでご注意。)
更に、選挙がおおむね平穏に実施されたとしても、最も懸念されるのは、万一サドル師の勢力が多数を制するようなことになった場合です(注15)。そんなことになれば、米国は窮地に陥ります。
(注15)以前、「シーア派の武装蜂起は第一次世界大戦後の英国占領下での1920年のシーア派の武装蜂起を思い起こさせる。この結果シーア派は英国に弾圧され、少数派のスンニ派によるイラク壟断を許すはめになった・・失敗の歴史から学ばないシーア派の急進派には哀れみを禁じ得ない」と記した(コラム#314)ところだが、この私のサドル師に対する評価は甘過ぎた。
サドル師はイランのようなシーア派原理主義的神政国家の樹立を目指しているとされているが、今にして思えば、米軍等が駐留しているうちにシーア派民兵を武装蜂起させたのは、米軍等を駆逐し、政権を奪取することが目的ではなかった。彼の武装蜂起は、反米軍感情の燃えさかっているイラクの人々に受けることをねらった、来年の選挙向けの計算された事前運動だったと見るべきなのだ。
この武装蜂起の結果、半年前まではそれほど知られていなかったサドル師は、いまやシスタニ師に次いで、イラクで二番目に政治的影響力の大きい人物であるとイラクの人々によって認められるようになっただけでなく、イラクをイスラム法(シャリア)によって律せられる国家にすることを支持する人々も、2月には21%しかいなかったのに、8月には何と70%に増えた。
(以上、http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1321586,00.html(10月7日アクセス)による。ちなみにこの論説はカナダ人のアンチ・グローバリスト、ナオミ・クライン(Naomi Klein。1970年??)によるもの。彼女の論考は極めて鋭いものの、この論説にもその気(け)があるが、イデオロギー色が前面に出過ぎているものが多い。私のコラムの某読者が紹介してくれたhttp://www.harpers.org/BaghdadYearZero.htmlがいい例だ。)
サドル師は、さぞかし笑いが止まらないに違いない。
サドル師は、(表現の自由を尊重するつもりなどさらさらないくせに)サドル師系の新聞の発禁処分に抗議して隷下の民兵に一斉武装蜂起を命じ、これに対して米軍がナジャフ等に本格的攻勢をかけると停戦・民兵解体交渉に応じながら時間稼ぎをし、シスタニ師が調停に乗り出した時点でようやくナジャフ等では矛を収めたが、武装解除には応じず、他方でサドルシティーでの蜂起は続け、こちらに米軍の本格的攻勢がかけられそうになると、ここでも民兵解体に応じ、更にサドルシティーに限定した武装解除を約束する(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A20890-2004Oct9?language=printer。10月11日アクセス)、という変幻自在の辣腕ぶりだ。ただただ恐れ入るほかない。
しかも選挙までの間に、米軍が目障りなスンニ派不穏分子を制圧してくれる、という願ってもない状況だ。
米国が窮地に陥るのは、サドル師がイランの影響下にあると考えられており、サドル師の勢力によるイラクの権力掌握に伴い、核兵器保有を目指している「テロ支援国家」イラン(注16)とイラクが提携して米国やイスラエルに対峙する、という悪夢が現実化する恐れがあるからです。
(注16)イランに対しては、核関連施設に対するイスラエルによる先制攻撃が噂されているほか、米国によるイラン本格侵攻の可能性すらとりざたされている。いずれきちんと取り上げたいと思う。
ですから、サドル師の勢力が選挙に勝利しそうになったら、米国はイラク暫定政府に戒厳令を敷かせ、サドル師勢力を根絶させる荒療治に乗り出すことになるでしょう。
とにかくイラクでは、来年1月末の選挙まで、一瞬たりとも目を離せない状況が続きそうですね。
(完)