太田述正コラム#0529(2004.11.10)
<米国とは何か(つけたし3)>
1 始めに
「現在の米国における共和党支持者=保守派≒キリスト教原理主義者は、かつての米国の独立を主導した勢力と基本的に同じであり、彼らが多数を占めたことによって、現在の米国は先祖返りをしている、と私は考えています。」と以前書きました(コラム#526)。
その「米国の独立を主導した・・キリスト教原理主義者」は特異な選民思想を抱いていた、とも以前書いた(コラム#504)ところです。
言うまでもなく、「米国の独立を主導した・・キリスト教原理主義者」の範例となったのは、最初にイギリスから北米植民地に渡ってきた清教徒(Puritan)でした。
この清教徒は、イギリスにいる時代から、現在のブッシュ政権の世界観と極めて似通った世界観を抱いていたことを指摘しているのが、ガーディアンのコラムニストであるモンビオット(George Monbiot)です。
以下、モンビオットの指摘(http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,12271,1346767,00.html。11月10日アクセス)(注1)を、私の観点から換骨奪胎してご紹介しましょう。
(注1)モンビオットは、トーニー(RH Tawney)の「宗教と資本主義の勃興(Religion and the Rise of Capitalism)」(1926年)に依拠しているが、私はこの本を参照する労を惜しんだことをお断りしておく。学生時代に岩波文庫版でこの本を読んだ時に、マックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本趣致の精神」に比べて何と分かりにくい本かと思った記憶がある。今にして思えば、ヴェーバーは分かりやすく誤っていたに過ぎない。
2 清教徒的なブッシュ政権
指導者への盲目的信頼・保守的な勤労者階級・政治的な武器としての恐怖の活用、からして米国にはファシズムの徴候があるとか、安全保障国家と化した米国は既にソフトなファシズムの下にあるといった議論が米国の一部リベラルの間で出ています。
しかし、これは完全な誤りです。
ファシズムは共産主義同様、持たざる大衆のフラストレーションの「解消」を目指すイデオロギーであるのに対し、ブッシュ政権の世界観は持てる少数を擁護するための世界観だからです。
実は、ブッシュ政権の世界観は、清教徒的世界観のリバイバルなのです。
歴史を振り返ってみましょう。
イギリスは、昔から社会民主主義的なお国柄であり、「正邪の感覚と惻隠の情という道徳的感情ないしコモンセンス<が>重視」(コラム#517)されてきました。17世紀においても、国王のチャールス1世は、産業の国有化・外貨交換の統制・農地の囲い込みを行って小作人を追い出した貴族や賃金を全額支払わない雇い主や貧者の救済を怠った行政官(magistrate)の訴追、を行おうとしたものです。
ところが、イギリスでは16世紀に、国教会の成立に伴ってカトリック修道院所領の没収・払い下げを行いましたが、その恩恵にあずかり、多大の富を手にした新階級(商業・金融業・工業に従事)が勃興し、土地・金融・商品の投機的取引を始め、彼らはイギリスの上述したような社会民主主義的傾向に強く反発するようになっていたのです。
このような時代背景の下で、ピューリタニズムは、旧来のイギリス的価値の復興を叫び、新階級の退廃ぶりを糾弾する存在として登場します。
ところが、17世紀に入ると、欧州のルター派やカルヴィン派の影響を受けたこともあり、ピューリタニズムは新階級の利益を代弁する存在へと急速に変貌・堕落して行きます(注2)。
(注2)かたくなに初期のピューリタニズムを墨守した例外的存在が、清教徒革命時代の水平派等(Levellers and Diggers)だ。ただし、きまじめで、快楽の追求を回避し、姦通や同性愛を罪悪視した点は、すべての清教徒に共通する。
富者はその勤勉と強い意思を神に嘉された人々であり、貧者はその怠惰と弱い意志によって神に見放された人々だ、というわけです。
変貌後の清教徒(以後単に「清教徒」という)のリーダーの一人であったスティール(Richard Steele。1629-92年)は、1684年に、個人が「仕事をする目的は神に奉仕するためであり、できる限り儲けることが神に嘉される」と説き、やはりリーダーの一人であったリー(Joseph Lee。生年月日は調べたが今のところ不明)は、アダム・スミスが「見えない手」について記すよりも一世紀も早く、「個々人が努力<して金持ちになる>・・ことが社会全体の利益となる」と記しています。
彼らは、国家や社会による個人の経済活動への介入は、道徳的観点からであろうとなんであろうと、あってはならないものとするとともに、貧者を救済することは、貧者にその怠惰と弱い意志を改めさせる気持ちをなくさせかねず、貧者を永久に神に見放された存在にとどめかねない、と社会福祉の意義を真っ向から否定しました。
このように見てくると、ブッシュ政権はまことに清教徒的だと言わざるをえません(注3)。
(注3)唯一ブッシュ政権が昔の清教徒と違うのは、昔の清教徒は生産的活動だけを奨励したのに、ブッシュ政権が消費活動をも奨励している点だ。
イギリスでは、清教徒的世界観は、清教徒革命の起こった17世紀という、イギリス史における唯一の異常な逸脱期が過ぎると、急速に衰退し、旧来のイギリスに戻って現在に至っているのに対し、米国では、初期の植民者が清教徒であったことから、清教徒的世界観が国是となって現在に至っています。
ブッシュ政権は、富者のために貧者を籠絡する目的で、キリスト教原理主義的言辞を弄することにより、二度の世界大戦やその間のニューディール等を通じて社会民主主義的方向にぶれつつあった米国を、本来の清教徒的な米国に引き戻そうと試み、それに成功しつつあるのです。