太田述正コラム#9551(2017.12.29)
<映画評論51:ユダヤ人を救った動物園 ~アントニーナが愛した命~(その5)>(2018.4.14公開)

5 善玉悪玉映画

 (1)アントニーナ夫妻は善でドイツは悪

 「最初に登場した時、アントニーナは、彼女が世話していた無数の動物達に対して同情と事実上の親交意識を抱いていることを露見させる。」(β)

 「彼女は、<ヘックを交えた、自宅でのパーティーの最中、赤ちゃん象が窒息しかけているのを、怒れる父象をものともせず救ったことで、>夜の正装を台無しにしてしまい、視聴者達の間で、彼女が偉大な女性であるとの印象を確立させる。」(Ζ)

 「この時と同様の、神のあらゆる被造物達に対する寛大な精神が、底知れぬ非違に直面した時に、正しいことを実践させるべく彼女を駆り立てることになる。」(β)

 「ドイツ侵攻の後、<アントニーナ夫妻は、動物園内の自宅>をワルシャワ・ゲットーを逃れてきたユダヤ人達の中継地かつ避難所として用いる。・・・
 <夫の>ヤンは、正しいことを実践するのだが、それは彼が聖人だからではなく、彼が怒りを抑えることができないからだ。
 <この>ヤン<とアントニーナ>が、ドイツの自然主義者でナチの将校でもある、ルッツ・ヘック<(注6)>と対照される。・・・

 (注6)Lutz Heck=Ludwig Georg Heinrich Heck(1892~1983年)。弟(後出)と共に、[ターパン(tarpan)もどきの]ヘック馬や[オーロックもどきの]ヘック牛を生み出したことで知られている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Lutz_Heck
https://en.wikipedia.org/wiki/Heinz_Heck ([]内)

 彼の中には若干の人間性はあるが、内なるナチ性が立ちはだかっており、彼の人性のどちら側が支配的になるかを<彼が最初に登場した時点では、視聴者達は>知る由もない。」(Ζ)

 「<その後、ドイツのポーランド侵攻が起こり、>冬が訪れると、ヘックはナチの兵士達と共に<夫妻の>動物園に戻ってくる。
 しかし、今回、彼がやってきたのは、<ワルシャワ爆撃を生き延びた>残った動物達を射殺するためだった。
 彼は、寒気の中で、それらはどっちにせよ死んでしまうのだから、と言いながら・・。
 何か不吉なものがヘックに執りついていた。
 一羽の鷲を射殺する際の冷たい喜びとその後で何気なく副官に対してそれを剥製にするように指示することで、そのことが露見する。・・・
 戦前においては、この夫妻の友人にして称賛者だった彼は、<戦中においては、>彼女らと対蹠的な存在となる。
 アントニーナの動物達への献身は愛に立脚しているのに対し、彼のは利己と大志によって燃料をくべられている。
 彼は、ワルシャワ動物園の動物達の中で最希少のもの達を捕まえてそれらをベルリン<の自分の動物園>へ送り、それから冷血にも残りのもの達を射殺するのだ。」(β)

 「<この映画の>後書き部分で、我々は、・・・<ドイツの敗戦後、>ルッツ・ヘックはベルリンに帰るも、そこでは、彼の動物園は、連合国の諸爆撃によって破壊されていた。
 <また、>彼の、絶滅したオーロックス(aurochs)<(注7)>を再生させる諸努力は失敗に終わった、ということを知らされる。」(B)

 (注7)かつて、欧州、アジア、北アフリカに生息していたところの、現在の畜牛の祖先。欧州では、記録された最後の死が1627年にポーランドで起こった。
https://en.wikipedia.org/wiki/Aurochs

⇒そうは必ずしも言えないようです。
 というのも、彼は、弟のハインツ(Heinz)と共に、オーロックスと色が同じで時に角の形も同じ牛であるヘック牛(上出)を生み出すことに成功したからです。(上掲)
 (ハインツは、ヨーロッパ・バイソンを絶滅から救った人物でもあります。
https://en.wikipedia.org/wiki/Heinz_Heck 前掲)
 どうやら、この映画は、ヘックを、ナチスドイツの象徴に仕立てるために、実際よりも醜悪化して描いているらしいところ、ヘックの遺族から、名誉棄損で、制作会社等が訴えられるようなことがないのか、老婆心ながら、少々心配してしまいます。(太田)

(続く)