太田述正コラム#9605(2018.1.25)
<日進月歩の人間科学(続x39)>(2018.5.11公開)

1 始めに

 一年ちょっとぶりですが、表記をお送りします。
 テーマは、浮気です。

2 浮気の要因

 (1)遺伝的要因

 「・・・「アルギニン・バソプレシン・レセプター(AVPR)」というホルモンの受容体を調べることで、どうやら、浮気性かどうかといったことも、ある程度まではわかるようです。
 AVPRのある型を持っていると、男女ともに長期的な人間関係を結ぶのが難しく、パートナーに対して不満度を高め、不親切な振る舞いをすることがわかりました。
 この型は、AVPR遺伝子のうちの塩基の1つが置き換えられています。そのため、アルギニン・バソプレシンのシグナルが入りにくくなり、親切心などが生まれにくくなるのだと考えられています。
 要するに結婚生活、共同生活にあまり向いていないタイプと言えるかもしれません。実際に、この型を持つ男性では未婚率・離婚率が高く、このタイプのAVPR遺伝子は「離婚遺伝子」(女性の場合、離婚よりもパートナー以外の男性との関係が増えることから「不倫遺伝子」)などと呼ばれています。・・・
 我々、哺乳類はすべて「種を残す」ことを目的とし、その道を選んでいます。一夫一婦型では、「自分たちの共同体(家族)を守る」ことが種の保存に必須と考えられます。夫婦で協力し合い、時に邪魔をするものと戦うことで子どもを育てていきます。一方、浮気性の人たちや乱婚型の動物は、少しでも多くの個体と交わることで、いろいろな形で自分の遺伝子を残そうとしています。・・・」
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e5%b0%8f%e5%ae%a4%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ae%ef%bd%a2%e4%b8%8d%e5%80%ab%e5%8f%a9%e3%81%8d%ef%bd%a3%e3%82%92%e3%81%99%e3%82%8b%e4%ba%ba%e3%81%9f%e3%81%a1%e3%81%ae%e8%84%b3%e3%81%ae%e4%b8%ad-%e5%ae%9f%e3%81%af%ef%bd%a2%e4%ba%ba%e9%96%93%e3%81%ae%e8%84%b3%e3%81%ae%e4%bb%95%e7%b5%84%e3%81%bf%ef%bd%a3%e3%81%8c%e3%81%9d%e3%81%86%e3%81%95%e3%81%9b%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b/ar-AAv61X1?ocid=iehp#page=2 ☆

 AVPRの上出の型の保有率に、民族間で違いがあるのかどうか、知りたいところです。

 (2)環境的要因

 「・・・(通常の器官と同じだが、脳内に存在しているところの、)心理的器官が、長年月のうちに、環境を評価し、それに応じて番選好を調整するように、進化した。
 換言すれば、人類は、柔軟な番戦略を開発したのだ。
 すなわち、我々は、完全に一夫一婦制でもなければ常習的享楽者達(polayers)でもない。
 個々人のアプローチは、諸状況に応じて変化しうる。・・・
 人々が潤沢な環境にいる場合は、・・・自分達自身で子供を育てられると想像することができるために、より、短期的番諸関係志向になる。
 ・・・例えば、諸資源を沢山有する環境においては、祖先の母親達は、父親達の助けなしに子供達を育てることがより容易であったはずであり、・・・これが、資源潤沢の期間中の両性にとって、短期的番を、より実行可能な選択肢にした。・・・
 より財政的に厳しい(straitened)諸期間には、男達と女達はべったりくっついていて、貢献するために互いを必要とした。・・・」
http://time.com/5106040/how-people-change-their-love-lives-according-to-money/?xid=homepage

 私は、日本は、平安時代までは、(母系制を基調とした)乱婚社会的であったところ、第一次弥生モード、第二次縄文モードの時代は、庶民レベルにおいては引き続き乱婚社会的、武士レベルにおいては男性だけにとって乱婚社会的だった、という認識ですが、基本的に乱婚社会的であり続けた背景に、日本のような人間主義社会においては、内外とも平和が基本的に維持されることから低リスクであり、安心感があって、それが、資源潤沢による安心感を代替してきたからだ、というのが、私の、取敢えずの仮説です。

 (3)補足
 
 このほか、遺伝的要因と環境的要因が複合している場合が多いところの、双極性障害の躁状態の時や、まだ、精神障害かどうかはっきりしていないセックス依存症の場合、人は浮気しがちになるのでしたよね。(コラム#省略)

3 付け足し

 前掲(☆)に、浮気問題にひっかけて、もう一つ、興味深い話が載っていたので、ついでにご紹介しておきます。

 「・・・不倫騒動があると、まさに老いも若きも男も女もいきり立ってその対象をバッシングします。こうした攻撃が度を越したものになっていくのは、<その社会の多数の考えに沿った言動を行う、という意味での(太田)>向社会性という一見「正しいもの」に暴力的な力が潜んでいるからです。
 ニューヨーク市立大学バルーク校の研究グループが、マクドナルドの模擬店舗を用いて面白い実験を行いました。
 その模擬店舗を訪れた被験者に・・・用意された2種類のメニューリストのなかから一方が渡されます。サラダなど健康を連想させるメニューが載ったリストと、それが載っていないリストのうち、いずれかです。その上で、最も太りそうな「ビッグマック」を選ぶ割合について調べました。
 すると、一般的な予想とは逆の結果が出ました。すなわち、サラダが掲載されていないリストを受け取った群では約10%だったビッグマックの注文率が、サラダが掲載されているリストを受け取った群では約50%にも上ったというのです。
 これは、人間が「良いこと」または「倫理的に正しい」なにかを想像しただけで、免罪符を得たような気分になってしまうことを表しています。・・・」

 これは、私が機会を捉えて主張してきているところの、アブラハム系宗教を典型例とする一神教の危険性を裏付ける研究結果であると言えそうです。
 一神教は、当該宗教において、「良いこと」、または、「倫理的に正しい」とされているもの、に沿った言動を全ての人々が行わなければならない、少なくとも行うことが望まれる、という性格のものだからです。
 (多神教徒なら、「良いこと」または「倫理的に正しい」とされるものが必ずしも一つとは限らない、と考える余地がありますし、無神論者なら、まさに「良いこと」または「倫理的に正しい」とされるものが一つではないことを知っているはずですし、「悟った」後の釈迦を始めとする人間主義者達であれば、「良いこと」または「倫理的に正しい」とされるものは人によって異なりうることを承知の上で、自分以外の人々の気持ちに配慮して接するのですがね。)
 一神教徒の人々は、従って、自分達とは異なった「良いこと」または「倫理的に正しい」ものを信じているところの、他宗派、他宗教、或いは、無神論、の人々を必然的に迫害する傾向があるわけです。