太田述正コラム#9625(2018.2.4)
<キリスト教の原罪(その8)>(2018.5.21公開)

 で、キリスト教徒迫害譚群についてですが、それらの誇張性については、同じくイギリス人女性たる、キャンディダ・モス(Candida Moss)の『迫害の神話(The Myth of Persecution)』を取り上げた「迫害を捏造したキリスト教」シリーズ(コラム#6142~)でご紹介したことがあるところ、この書評子による著者批判は、モスへの言及がない点はともかく、説得力に乏しい、と言わなければなりますまい。(太田)

 抜本的な新しい出発であったどころか、4~5世紀のキリスト教徒たる皇帝達による次第に増加した宗教諸問題統制の試みは、実際には、ローマの寛容性の狭隘化と次第に増加した皇帝統制、なる伝統に即したものだったのだ。・・・
 
⇒「ローマ人達が宗教の分野で許容するであろう諸パラメータは、時とともに変化はしなかった」ことと、「ローマの寛容性の狭隘化と次第に増加した皇帝統制」とは矛盾しており、この書評子の言っていることのどちらが正しいのか、と困ってしまいますが、マニ教に対する迫害の強化は、ローマ固有の事情だけではなく、ほぼ同時代における、ササン朝ペルシャ、明、及び、アッバース朝、による、世界同時多発的マニ教迫害
https://en.wikipedia.org/wiki/Manichaeism
、とりわけ、一神教社会ではなかったところの、ササン朝ペルシャと唐、との比較の視点をも加味して説明されるべきでしょう。
 私見では、恐らくは、その、ゾロアスター教、キリスト教、及び、仏教の複合キメラ性(上掲)がそれぞれの諸当局の忌憚に触れた、と考えられるのであり、ローマのマニ教迫害をもって、「寛容性の狭隘化と次第に増加した皇帝統制」の例証とするのは無理がある、と言わざるをえません。(太田)

 著者は、テオドシウス(Theodosius)が、「この国の諸地区におけるいかなる<諸異教の>諸神殿についても、それらは取り壊されなければならない。…というのも、それらが除去されれば、あらゆる迷信の物質的基盤が破壊されるであろうからだ」、と宣言したところの、諸神殿の破壊を公的なものとした399年の法律を引用する。・・・
 しかし、そもそも、著者がこの本の中で言及するこの類の他の全ての「諸法律」同様、著者が引用するテオドシウスの諸布令も、彼女が考えているように見えるところの、厳格に執行される諸指令、ではおよそなかった。
 晩期の皇帝達による、彼らの<統治する>諸領域全体の事物をより緻密に統制しようという、次第に強まった諸試みにもかかわらず、ローマ帝国は、その後の諸国家に比べて、諸法律の管理において、依然、ガタガタの状態であり続けた。
 この類の諸法律<の策定>は、サッゲスティオ(suggestio)から始まった。
 それは、注意すべき状況に関する報告ないし声明だった。
 帝国全教会議(consistory)の役人達が次いで集まり、対応(response)を起案し、この対応が種々の相談役達や顧問達が受容しうるものであれば、それは皇帝に承認されるべく上奏された。
 それは、次いで、貴族たる長官達に配布され、彼らが、しばしば、諸修正や諸追記を行い、次いで、彼らによって地域の総督達に配布された。
 総督達は、今度は、当該地方の諸条件に合致するよう、それに諸追記を行ったり修正したりすることができた。
 最終的に、この布令が実施され、施行されるかどうかを見極めるのは、これらの地方の役人達次第だった。
 この全ては、皇帝の願望の声明として始まったものが、仮に、地方の長官ないし監督管区の(diocesan)長官が当該布令について乗り気でなかった場合には、行政階統を下るにつれて水で薄められ得たし、殆ど施行されずに終わることもあり得た。
 そして、仮に彼がそうしたいと思った場合でさえ、これらの広範な諸声明は、いかなる意味でも一律に施行することなど極めて困難だった。
 その結果、種々の諸法律や諸布令に書かれていたことと、現場で実際に起こったこととは、しばしば、二つの極めて異なった諸事とあいなった。
 この類の若干の諸法律が、何回も、或いは、多数回繰り返され<て制定され>たという事実は、歴代の皇帝達が、以前の諸布令が本質的には施行されなかったことを認識しており、しばしば、彼らが、これについて殆ど何もできなかったことを示している。・・・

⇒この点こそ、恐らくは、「時とともに変化はしなかった」事柄であると思われるところ、この書評子には、著者を批判するのであれば、同じ内容の諸法律/諸布令が繰り返し制定される頻度が、ローマ帝国晩期・・西ローマに着目しています・・になると増えたのか否か、また、諸史料から、諸法律/諸布令の施行状況(の変化)が分からないか、といったことを記して欲しかったところです。(太田)

(続く)