太田述正コラム#0583(2005.1.3)
<北朝鮮の窮状(その2)>

 (これが実質的に2005年最初のコラムです。今年も、どこまで続くか分かりませんが、引き続き本コラムをよろしくお願いします。)

 日本を籠絡することに失敗した以上、北朝鮮ににとって頼りになるのは韓国だけになってしまいました。(正確に言うと頼りになるのは韓国の与党勢力のみ。反北朝鮮の旗を降ろしていない野党勢力が、議会で過半数を回復したり、次期大統領選挙で野党候補が勝利したりする可能性がある。)
 伝統的な北朝鮮友好国であるロシアと中国が残っているではないかと思われるかもしれません。
ところが、まずロシアですが、ソ連時代に比べて凋落してしまっただけでなく、昨年10月下旬に東京湾で行われた日本主催の「拡散に対する安全保障構想」(Proliferation Security Initiative=PSI)演習に参加し、反北朝鮮の旗幟を改めて鮮明にしました(注4)(http://www.nytimes.com/2004/10/26/international/asia/27boltoncnd_.html?pagewanted=print&position=。2004年10月27日アクセス)。

(注4)PSI(大量破壊兵器等関連物資の拡散を阻止するため参加国が共同して取りうる措置を検討しようとの取組)の12回目の演習だが、北朝鮮の近傍で行われたのは初めてであり、北朝鮮を念頭に置いたものであることは参加国の暗黙の了解。艦船等を参加させたのは日米豪仏の4カ国、オブザーバー参加が11カ国。米国はボルトン国務次官をオブザーバーとして派遣した。韓国と中国は参加しなかったがロシアはオブザーバー参加した。(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fukaku_j/psi/samurai04_gh.html。1月5日アクセス)

 その上あろうことか、中国からも雑音が聞こえてきています。
 昨年8月に、中国国営の天津社会科学院対外経済研究所(Tianjin Social Science Academy’s Foreign Economic Research Institute)の研究員が、北朝鮮の世襲制(を維持せんがための政治的弾圧)や(無責任な)核開発政策などを批判し、中米関係の促進等の中国の国益を踏まえて対北朝鮮政策を転換すべきだという、前代未聞の論文を雑誌に発表したのです(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200408/200408200047.html。2004年8月21日アクセス)。
 その後、この雑誌は店頭販売を禁止され、在庫も没収されましたが、定期購読者に郵送された分はそのままであり(http://www.sankei.co.jp/news/040828/kok036.htm。2004年8月28日アクセス)、上記研究員が処罰されたという話も伝わってきません。

 それだけではありません。北朝鮮の体制が弛緩しつつある徴候が出てきています。
ア 軍の一部やエリートの間に金正日に関する批判が次第に公然化し広がりつつあり、北朝鮮の幹部たちが内輪の話になると金正日を蔑称で呼ぶケースが増えている。
イ 平安北道・竜川(リョンチョン)駅で四月に起きた列車爆発事故の復旧現場で、支援物資を横流しする(泣く子も黙る)国家安全保衛部員に対して住民が抗議しているのが目撃された。
 がその例証とされています。
(以上、http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20041007/mng_____kakushin000.shtml(2004年10月7日アクセス)による。)

 このような八方ふさがりの状況下で、北朝鮮は昨年、一方で北朝鮮住民と外国人とを一層隔離する措置をとるとともに、もう一方で脱北失敗者に寛大な措置をとることとし、体制防衛にやっきになっています。
 住民と外国人との一層の隔離については、国連を含む外国の援助団体の北朝鮮からの「追放」や北朝鮮内における活動制限がその現れの一つです(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-retrench30sep30,1,6206810,print.story?coll=la-headlines-world。2004年10月1日アクセス)し、脱北失敗者への寛大な措置とは、脱北に失敗した住民の初犯者は訓戒だけで放免され、再犯者も特殊な場合を除いて寛大な措置がとられ、三度目以上になってようやく収容所で強制労働に従事させられる、というものです(東京新聞前掲)。

4 終わりに代えて

 金正日にとって、彼自身の命を含む体制の存続の方がカネをもらうことより、そして自国民の餓死を防ぐための人道援助より、はるかに重要であることは、ちょっと想像力を働かせれば分かることです。
 ですから、金正日が日本人拉致問題で次々に譲歩してきたのは、米国のブッシュ政権に軍事力で恫喝されて怯え、何とか日本に米国の取りなしをして欲しいと考えたからであり、日本からの人道援助や日朝国交回復に伴う経済的援助の獲得など二の次三の次であったはずです。
 米国のブッシュ政権は、そんな北朝鮮の足下を見、かつ日本における拉致問題への世論の高まりを勘案して、北朝鮮との二国間交渉を拒否し、あえて日本を含めた六カ国協議の場で北朝鮮の核問題「等」を議論することにしたのです。
 ねらいは、協議を紛糾させ、引き延ばし、その間に在韓米軍の後方安全地帯への移転と在韓米軍を含む在西太平洋兵力の強化を行い、その上で軍事力の行使または威嚇によって北朝鮮の体制変革ないし体制崩壊を引き起こすことです。
 その米国から見て、六カ国協議を紛糾させ引き延ばす材料として、日本人拉致問題はうってつけであったことでしょう。絶対に「解決」するはずがないからです。
 北朝鮮は、そんな米国を出し抜こうと、米国をあわてさせるほどの大譲歩を日本に対して連続して行いましたが、死亡したと主張している拉致被害者の裏付け資料の捏造で馬脚をあらわしたことで、米国はほっと胸をなで下ろしていることでしょう。
 このように日本の小泉政権は、米国のブッシュ政権の北朝鮮政策の露払いとして下働きをさせられているだけなのに日本国民はそのことを自覚せず、拉致問題での北朝鮮の累次の譲歩について、それらが米国の軍事力による恫喝の賜であるにもかかわらず、あたかも小泉政権の努力の成果であるかのように錯覚し、毎度大騒ぎをしているのですから、愚かと言うほかありません。
 保護国の国民たるがゆえの極楽とんぼの無惨な姿がそこにあります。

(完)