太田述正コラム#0584(2005.1.4)
<脱北者問題(その1)>

1 問題の背景

比較的恵まれていたはずの日本人拉致者の子供達ですら、総じて親より小さいことからも分かるように、北朝鮮の人々は日本人や韓国人に比べて生育状況がよくありません。
これは慢性的な食糧難が原因であり、過去4年間の脱北者を対象にした調査によれば、韓国と北朝鮮の若い成人の間には、男子で5.9cm、女子で4.1cmの身長差があり、北朝鮮の食糧難は早くも1960年代には始まっていたと考えられています(http://www.guardian.co.uk/korea/article/0,2763,1366867,00.html。2004年12月5日アクセス)。
300万人にもなろうかという食糧難に起因する死者を出した1990年代半ばよりはマシとはいえ、現在でも北朝鮮の総人口2200万人のうち、外国からの食糧援助のおかげで生き延びているのはその四分の一に及ぶと推計されています(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/3526816.stm。2004年8月3日アクセス)。
 食糧難は、干魃や洪水ではなく、金日成・金正日親子の悪政(注5)によってもたらされたものです。

 (注5)北朝鮮の経済的苦境を金正日は金日成に伝えず、金日成が中国に倣った開放政策をとろうとしたのにも反対したばかりでなく、金正日は金日成を殺したのではないかとも言われており、その状況証拠が存在する(http://www.nytimes.com/2004/11/08/international/europe/08spiegel.html?ei=5070&en=2e72e88fb20f21c2&ex=1101877200&pagewanted=print&position=。11月30日アクセス)。

 1995年から現在まで北朝鮮は合計で15億ドル相当の食糧援助を受けていますが、この間の北朝鮮のミサイルの輸出だけで年5??6億ドルにのぼっていますし、覚醒剤や偽造ドル紙幣のヤミ輸出を併せれば、毎年食糧援助の数倍の外貨を北朝鮮は稼いでいるはずです。北朝鮮はこういった悪事で儲けているだけでなく、これらの儲けを飢えている国民のためには使わず、核兵器を始めとする軍事力の整備・維持と金正日を中心とするごく少数の支配層の贅沢三昧(注5)のために費やし、なおかつ国際社会に食糧援助を強要してきたのです。

 (注5)金正日の宮殿は少なくとも10カ所はあり、どれもゴルフコース・厩舎・映画館つきだ。ファミリーの資産は40億ドルにのぼり、その一部はスイスの銀行に預けられている。(NYタイムス上掲)

 韓国も韓国であり、金正日に更に外貨を稼がせるために、近々食糧難の北朝鮮から家禽類の輸入を始める予定です。
 金正日が2002年7月に始めた経済改革は、食糧難をむしろ悪化させています。
農家が収穫物を市場に出せるようになった結果食料品の価格は高騰し、他方賃金はそれに見合って上げられていないため、都市労働者を中心に食糧難が進行しています。
もとより、この政策によって農民の多くは潤っているわけですが、問題は北朝鮮では都市住民が61%を占めていることです。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/Korea/FL02Dg01.html(12月2日アクセス)による。)

2 脱北は最後の手段

 もとより飢えた北朝鮮国民も無抵抗なまま「殺されて」きたわけではありません。
 食糧難が特にひどかった1990年代中頃には、反金正日ビラがあらゆるところに貼り出されたものですし、工場・軍部隊・町全体が蜂起したこともあるといいます。
 1998年には空前絶後の大労働争議が北方の工業都市であるSongriで起こっています。
 ことのきっかけはある製鉄工場の幹部8名がその工場の労働者達と家族の食糧を得るために工場の備品を中国の企業家に売ったことでした。ことが露見すると彼らはサボタージュと反逆罪に問われ公開処刑されました。「彼らに罪はない!」と叫んだ観衆中の女性はその場で射殺されました。数時間後、自然発生的に工場でストが発生しました。ただちに軍隊が出動し、数百人が射殺され、その他の労働者と家族は収容所送りになりました。
 1992年にはクーデタ未遂が発生しましたし、金正日が自分の親衛隊の隊員に射殺されかけたこともあります。
 1995年には、北方の工業都市であるChongjinで、軍部隊が、港とロケット基地を占拠して軍全体の蹶起を促そうとしたものの、露見して失敗したこともあります(注6)。
 (以上、NVタイムス上掲による。)

(注6)常に生命の危険に晒されている金正日は、居所を隠すために、各宮殿を毎日のように地下トンネルを通って移動し、10万人の親衛隊に囲まれて生活をしている。

(続く)