太田述正コラム#0585(2005.1.5)
<中共の新台湾政策>

1 始めに

先月(コラム#562)、台湾の総選挙に中共が「介入」しなかったことに注目するとともに、「中共に面子を失わせることなく政策転換を行わしめる猶予を与えたという意味では、今回の選挙結果は、巧まずして最善の結果であった、と言えるのかもしれません」と記したところですが、どうやらこの私のヨミは浅かったな、と反省しています。
 どういうことかと言いますと、一昨年の暮れ(コラム#216、217)に、台湾では国民党まで実質的に台湾「独立」派になってしまった以上、「可能性は極めて低いとは思いますが、中国共産党が支那内陸部のナショナリズムのガス抜きを図るとともに、支那沿岸部の上述した精神状況の引き締めを図るためにも、(例えば金門・馬祖に侵攻するような形で)何らかの武力行使をする可能性を完全に排除することはできないと思っています」と申し上げたラインでついに中共が動き出した、と思えてならないのです。
 とはいえ、実際に武力行使をするのではなく、その代わりに持ち出してきたのが反国家分裂法だった、というわけです。

2 反国家分裂法

 先月の16日、11日に実施された台湾総選挙の直後に、新華社は、反国家分裂法が近々全国人民代表大会(全人大=国会)に上程される、と報道しました。
 この法律の具体的な中身は明らかにされていませんが、中共当局が、この法律は香港やマカオは対象にしていないと言っていることからして、台湾「独立」を対象としたものであることは間違いなく、しかも台湾「独立」の動きを弾圧し、軍事力を行使してでもこれを阻止する、という内容であろうと噂されています。
 (以上、http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A8861-2004Dec17?language=printer(2004年12月18日アクセス)による。)
 台湾世論はこの中共の動きに強く反発しています(後述)。
今次台湾総選挙が民進党の敗北に終わったことから、中共としては、台湾に対して融和政策に転換する絶好の機会だったというのに、正反対の動きを見せたことを訝る声が台湾や米国の中から出ています(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-china19dec19,1,848886,print.story?coll=la-headlines-world。2004年12月20日アクセス)。
この法律が、現状を維持しようとする「反国家分裂法」であって、現状を変更しようとする「台湾統一法」でないところに着目する見解(http://www.atimes.com/atimes/China/FL21Ad02.html。2004年12月21日アクセス)、胡錦涛政権の法治主義志向の表れとする見解、あるいは中共の現憲法前文が「台湾は中華人民共和国の神聖なる領土の一部である。台湾を本土と再統一するという偉大なる任務を遂行することは、台湾の住民を含む全中国人の不可侵の義務である」としているのにその上同趣旨の法律を作ろうとしていることを皮肉る見解(http://www.atimes.com/atimes/China/FL21Ad01.html。2004年12月21日アクセス)等にぎやかなことです。
いずれにしても、こんな法律が成立したら、中共内部において新たな発想に立った統一問題の議論ができなくなりかねず、かつ台湾世論の一層の反発を呼ぶことも必至であることから、中共が追求してきた台湾の吸収(統一)が更に遠のくことは確実です(http://www.atimes.com/atimes/China/FL25Ad02.html。2004年12月25日アクセス)。
新華社の報道がなされた時から、台湾世論は強く反発しており、緊急に実施された台湾政府の世論調査によれば、73%がこの法律は「統一」をむしろ妨げるものだとし、83%がこの法律を受け入れがたいとしています。そして、中共の対台湾政策が非友好的だとする者は5ヶ月前に比べて9%も増え、79.4%に達しました。(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2004/12/25/2003216633。12月26日アクセス)
台湾政府より先に国民党がこの中共の動きを非難したこと(http://www.asahi.com/international/update/1219/002.html。12月19日アクセス)は象徴的です。

3 私の見方

 胡錦涛政権は、こうなることは百も承知で法律を成立させようとしている、というのが私の見方です。
 つまり、中共は「統一」をあきらめ、台湾を「懲罰」するために、金門・馬祖侵攻くらいはすべきところ、それすら行わず、反国家分裂法導入でお茶を濁した、ということです。
 今次台湾総選挙に中共が介入しなかったのは、民進党系が勝とうが国民党系が勝とうが、台湾「独立」の潮流は押しとどめることができない、と考えたからだとすれば平仄が合います。
 この法律に批判的な発言をした馬英九(Ma Ying-jeou’s)台北市長に、彼が国民党の次期主席に擬せられている有力者だというのに、返還後二度訪れている香港に渡航するビザ支給を香港当局が(間違いなく中共の指示を受けて)拒否した(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/01/06/2003218210及びhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/01/06/2003218217。1月6日アクセス)ところに、胡錦涛政権の決意のほどがうかがえます。
 全人代常務委員会は先月25日に反国家分裂法案の審議に入り、早ければ今年3月の全人代で採択される見通しです(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20041225id21.htm。12月26日アクセス)。
 ボールは台湾側にあります。
 実質的な「独立」には中共は目をつぶると言っているに等しいのですから、それで満足するか、形式的な「独立」まで突っ走るか、今次総選挙の結果も勘案すれば、陳水扁政権の対応は容易に想像できますね。

<森岡>
1月13日に人民日報英語版をみていたら、英国のストロー外相が、EUの対中国武器禁輸措置は今年7月以前に解除される可能性が高いと述べた、との記事が目にとまりました。(人民日報日本語版には、この手の記事は載らないようです。)あわててBBCで確認すると、確かに本当です。この発言は、英国下院の中国における人権問題の特別委員会でなされたとあります。
太田さんのコラム#578(中台の軍事バランス・その2)で、太田さんは以下のように述べられています。「米国防省がEUに対し、対中武器禁輸を解除しないようにあからさまに要求し、禁輸を解除するようなことがあれば、米国はEU諸国との武器技術協力をやめると警告したことは注目されます。(そんなことになったら一番被害が大きい英国は、青くなっています。)」
禁輸措置解除に反対していたEU主要国は英国のみであったので、英国が折れれば禁輸は解除となる見込みが高いです。また、こんなことを英国が米国の同意無し言うことはありえないと思いますが、BBCの記事によると英国はこれから米国を説得するつもりだ、とあります。
これは一体どういうことでしょうか?私が考えられるのは(1)英国がEU内の(禁輸解除を以前から求めていたフランスなどからの)圧力に負けて、米国に背くことにした、または(2)米国は既に禁輸解除に同意している、の2つの可能性ですが、とうてい(1)だとは思えません。
しかし(2)だとすると、どういう理由で米国は心変わりをしたのでしょうか。コラ#585(中共の新台湾政策)にて太田さんは中共は既に台湾を「取り戻す」ことを諦めた、との見方をされていますが、それが正しいならばこのEU武器禁輸解除も、この流れを受けての動きのようにも見えます。
とりあえず、米国が公にどのような反応を示すのかに注目したいと思います。

<森岡>
上の投稿は、記事を読んで興奮した状態で書いてしまいまして、反省しています。
1月15日号のEconomist誌でもこの件は少し取り上げられていましたが(「European foreign policy and China」)、その記事では米国がEUの禁輸解除を快く承認することはありえないことが指摘され、またEUも禁輸解除をしたいのはやまやまだが、禁輸解除が起こるときはEUが戦略的パートナーとして米国と中国を天秤にかけ、中国を取ったときだ(つまり、そんなことは近い将来においてありえない)という結論でした。