太田述正コラム#0589(2005.1.9)
<米国のキリスト教原理主義化再論(その2)>
(4)大学や企業への教原理主義の進出
ア キリスト教ロースクール
伝道説教師のファレル師(Jerry Falwell)が学長をしている、バージニア州のリバティー(Liberty)大学のロースクールでは、各授業の冒頭でお祈りが行われます。
そして、通常のロースクールであれば、判決は、判例と憲法に則っているかどうかという観点から評価がなされるのですが、この学校では聖書上の諸原則に則っているかどうかという観点から評価がなされます。
これは全米で行われている、法律家の世界における価値相対主義と倫理感覚の麻痺の克服を目指し、法に宗教的観点を、かつ法律家の業務に宗教道徳的観点を反映させるべきだとする運動の一環なのです。
当然、このようなロースクールの教師の大半は共和党支持です。
1991年から2002年にかけて米国のロースクールのトップ21校を調査した結果によれば、選挙の際に寄付をした教師の80%は民主党支持で共和党支持は15%しかいません(注1)。ですから、上記のようなロースクールは「まともな」ロースクールの嘲笑の的になっています(注2)が、嘲笑しておられるのも今のうちかもしれません。
(以上、http://www.nytimes.com/2004/11/22/national/22law.html?8hpib=&oref=login&pagewanted=print&position=(2004年11月23日アクセス)による。)
(注1)そもそも、現時点では米国の大学はリベラル(民主党)の巣窟と化している。人文社会科学の分野ではリベラル対保守(共和党)比率は大学教師で7対1だという調査結果がある。バークレーとスタンフォードの理工系の教師ではこの比率が9対1だという調査結果もある。米国の大学では世界で最も人種・国籍・性等の多様性が確保されているが、今やイデオロギー的には多様性ゼロに近い存在に成り果てたというわけだ。この結果、共和党のブッシュ政権の高官の中に大学教師だった人は、ライス補佐官(次期国務長官)等を除き、ほとんどいなくなってしまった。(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A15606-2004Nov26?language=printer。11月29日アクセス)
(注2)ただし、濫訴をいましめたり、法的には守らなくてもよい契約も遵守せよと教える点、更には離婚よりも和解の名弁護士となれと諭す点など、評価すべきところもある。
イ キリスト教企業
ミネソタ州で二年前にキリスト教精神に則った銀行が生まれました。
顧客と共にお祈りをしながら、その顧客が抱える金融問題に親身になって取り組むことから、この銀行の業績は急速に伸びています。
これは全米で行われている、キリスト教信仰は日曜日だけのものであってはならず、仕事の場に信仰を持ち込むことによって、社会や環境や他人のことを考えない仕事のやり方を改める必要がある、という発想に立った運動の一環です。
この運動の本部は、既に900人以上の「仕事場の牧師」を任命しています。
しかし、職場で布教活動をすることは違法ではありませんが、宗教的理由でハラスメントをしたり、採用・昇給・昇任で差をつけたりすることは違法であることから、上記運動に取り組んでいる企業には細心の注意が求められています。
また、この運動とは直接関係はありませんが、従業員にお祈りの時間を有給で認めたり、従業員の聖書研究会に施設を無償で提供したりする企業が増えています。
このような企業として有名なのは超一流大企業のインテルです。
(以上、http://www.nytimes.com/2004/10/31/magazine/31FAITH.html?pagewanted=print&position=(2004年11月2日アクセス)による。)
(4)総括
以上の背景には、米国のとめどのないキリスト教原理主義化があります。
2000年には米国のキリスト教原理主義(evangelical ないしborn again christians)人口は総人口の44%でしたが、彼らは子だくさんなので、一世代後には61%に増えるという推計がなされています(http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/FK09Aa02.html。2004年11月9日アクセス)。
(続く)