太田述正コラム#0615(2005.2.2)
<イラク暫定国民議会選挙(その2)>

イラクでの選挙はパレスティナでの選挙同様、被占領国家での選挙であることはさておき、経済破綻国家ないし生活保護国家での選挙なので、アラブ世界における民主化への一里塚になどなりえない、という冷笑的な意見があります。
パレスティナの場合は、GDPの約三分の一を外国からの10億米ドルの援助に依存していますが、現在のイラクについては、CIAの統計によればその2003年のGDPはわずか380億ドルで、他方今年一月の石油収入を年率に直すと300億ドルになることを考えれば、イラクは文字通り石油に依存した経済だと言えるでしょう。イラクの石油産業は「国」営ですが、石油の生産・輸送・輸出等にイラク人は殆ど携わっていません。ということは、イラク人は80億ドルなにがしかの経済価値しか生み出していないわけであり、働いていないに等しい、ということです。
この石油収入を元手にイラク「政府」が、イラク国民の大部分を対象に食糧の配給を実施し、現在のイラクの大量の失業者(失業率は40%)を何とか生存させているほか、水ぶくれした教員・公務員・治安要員等に気前よく給与を支払うことによって、かろうじてイラクの純粋消費社会が成り立っています(コラム#77、482)。
自分の頭を使い、体を使って稼いでいない不労所得生活者の民主主義なんて漫画ではないか、と言いたくなる気持ちは分からないではありません。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/GB02Ak01.html(2月2日アクセス)による。)
しかし、1990年代初頭の湾岸戦争までのイラクは決してこんな有様ではなかったのですから、イラクの人々は、早晩自らこんななさけない状況を打開して行く、と信じたいところです。

いずれにせよ、忘れてはならないことは、アラブ世界が、中近東全域をカバーするメディアのこのところの急速な普及によって根底的に変わりつつある、という点です。
パレスティナやイラクの選挙報道の陰に隠れて欧米でも余り報道されていませんが、1月に入ってから、カタールを本拠とするアルジャジーラやドバイを本拠とするアルアラビ??アといった衛星TV等のメディアが、スマトラ沖大地震・津波被害者への義捐金を直接募るキャンペーンを実施するとともに、アラブ諸国やアラブの金持ちが拠出し、或いは拠出を約束した義捐金の額の少なさを激しく批判する報道を続けた結果、これがアラブ諸国政府やアラブの金持ち達を動かして、サウディ(8,200万ドルを超えた!)や湾岸諸国を中心に義捐金が桁違いに増えた、という事件があったのです。
これが事件であるゆえんは、アラブ諸国政府やアラブ諸国の指導者である金持ち達が、メディアや世論に動かされる、などということはいまだかつてなかったことだからです。
それだけではありません。
メデイアのコラムニストの中から、イスラム教徒が大変な被害に遭っているというのに、イスラムの大義を唱えるアルカーイダやムスリム同胞団が義捐金を募るどころか、声明一つ出さないのはどういうことだ、といった論陣を張る者まで現れたのです。
独立したメディアの確立、アラブ世界自身の批判を躊躇しないメディアの報道姿勢、そのメディアの報道に耳を傾けざるを得なくなったアラブ諸国政府や指導者達。
今や、アラブ世界は民主化前夜である、言っても過言ではないのです。
(以上、http://www.csmonitor.com/2005/0131/p09s01-coop.html(1月31日アクセス)による。)
 ですから、繰り返すようですが、イラクの選挙の「成功」がアラブ世界に及ぼすインパクトには計り知れないものがある、と私は考えているのです。

(続く)