太田述正コラム#0642(2005.2.26)
<陳水扁総統の変節?>

1 民進党と親民党の提携

 昨年12月の台湾の総選挙(コラム#562)で与党の民進党等は過半数を獲得できず、引き続き苦しい議会運営を強いられてきていましたが、24日、陳水扁総統率いる民進党は、この総選挙で一番議席を減らした党である宋楚瑜率いる第二野党たる親民党(注1)との提携を発表しました(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2005/02/25/2003224466。2月26日アクセス(以下同じ))。

 (注1)親民党は国民党より親中共。前回の総統選挙の時には、国民党主席の連戦と親民党主
席の宋楚瑜がそれぞれ総統候補、副総統候補としてタッグを組んで戦ったが、わずかの
票差で陳水扁総統・呂秀蓮副総統コンビの再選を許した。

 総選挙が終わった直後から、両党間で提携の動きがある、という報道が行われていたものの一時立ち消えになった観がありました(典拠省略)が、交渉は水面下でずっと続けられていたのでしょう。
 民進党からすれば、批判は覚悟の上で、最大野党の国民党と親民党との間に楔を打ち込み、議会運営の主導権を握るとともに、「台湾国内の混乱を招くとともに中共の反発と米国の懸念を招いてきた台湾政界の二極分化状況に嫌気が差し<ている>台湾の浮動有権者」(コラム#562)の民進党離れを食い止めることがねらいでしょうし、親民党からすれば、微妙な間柄である第一野党の国民党に一泡ふかせるとともに、選挙の敗北で蒙ったダメージを議会運営のキャスティングボートを握ることで少しでも解消することがねらいであると考えられます。

2 その評価

 第二与党の台湾団結連盟を始めとする台湾「独立」急進派は、これを陳水扁の変節であるとして悲憤慷慨しています(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224482http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224487、及びhttp://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2005/02/25/2003224517)。
 私も彼らの気持ちは痛いほど良く分かりますが、「独立派」総帥の陳水扁総統にしてみれば、掌握している行政府だけで実施できる施策には限界があり、立法府(議会)で少しでも自分の意図する予算や法律を通すためには、野党勢力の一部を取り込む必要があり、そのためには「妥協」をすることが避けられなかった(注2)、ということです。これは台湾「独立」急進派にとって決して悪い話ではありません。

 (注2)国号変更や憲法制定の凍結にしても(後述)、陳水扁の残りの三年の任期中に台湾国
民の過半の賛同を得られる見込みが殆どない以上、実質的には妥協とは言い難い。

 しかも、二年も前から私が指摘してきている(コラム#216、217)ように、野党第一党の国民党も実は隠れ台湾「独立」派になってしまっている(コラム#585)ところ、今回(国民党より更に親中派である)親民党が民進党に取り込まれた結果、親民党もれっきとした隠れ台湾「独立」派になったと言える(少なくとも中共からはそう見える)のであって、これも台湾「独立」急
進派にとって嘉すべきことではないでしょうか。
 なお、今回の両党の提携が、中共による反国家分裂法制定の動きに対する台湾国民の反発(コラム#585)、及びEUの対中武器禁輸解禁の動きへの日米の反対(コラム#613(森岡氏))並びにワシントンにおける19日の日米安全保障協議委員会共同声明の中での台湾海峡への言及(http://www.redcruise.com/nakaoka/index.php?p=77)といった台湾の安全保障にとって命綱であるところの日米両国の嫌中姿勢の鮮明化、という陳水扁政権にとって願ってもない追い風の下で行われたことも重要です。民進党は、心理的余裕を持って親民党との提携の最終的交渉に臨むことができたはずだからです。

 この際、提携発表の際の陳水扁による「解説」もふまえ、両党の合意内容のポイントをご紹介しておきましょう。

3 両党の合意内容

 (1)経済
 経済問題については、台湾政府が実施してきた対中戦略投資規制の緩和と中共との間の直行交通網等の設定等について合意された、ということです(http://news.ft.com/cms/s/9be76fcc-86d4-11d9-8075-00000e2511c8.html)。
 これは、親民党との提携をダシにして、陳水扁政権が、安全保障上の理由から先送りにしてきた長年にわたる懸案を解決する、ということです。
 対中戦略投資規制は、民間企業による脱法行為を招いており、名存実亡状況になりつつありましたし、初めての中共航空便の受け入れが今年の旧正月期間に限って行われたところであり、この恒久化の強い要請を中共に工場や家族を持つ台湾国民等から受けていたからです(注3)。

 (注3)タイミングを見計らったように、24日、中共側からも直行航空便恒常化の提案があっ
た(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A54487-2005Feb25?language
=printer)。
     陳水扁政権の方も、中共の銀行の支店受け入れを表明したり
http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2005/02/25/2003224467)、
中共の国民の個人での台湾観光旅行を認める旨表明したり
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224478)して
おり、中台間の経済交流の推進に積極的に取り組み始めている。

 (2)政治
 政治問題については、一言で言えば、1991年に李登輝総統(当時)によって打ち出され、2000年の総統選挙で当選した直後に陳水扁総統がコンファームした基本的スタンス(四不一沒有=four noes and one not)に立ち戻った、ということです。
 つまり、独立宣言をしない、中華民国という国号は変更しない、憲法に中台関係を国家と国家の関係として謳わない、公式の独立に関する住民投票を実施しない、そして国家再統合に係る機関と基本方針を廃止しない、ということです。
 (以上、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224482上掲、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224487上掲、及びhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224486による。)

4 最後に

 最後に台湾「独立」急進派の皆さんに一言。
 陳水扁総統への批判はほどほどにして、民進党とできる範囲で協力を続けつつ、心を新たにして、台湾内外の人々に対し、「独立」派の考えの一層の浸透に務めてください。
 そして、次の総統選挙と総選挙での勝利を果たし、その上で「独立」の大願の成就を図っていただきたい。
成功を祈っています。