太田述正コラム#0644(2005.2.28)
<ブッシュの一般教書演説と北朝鮮(続)(その2)>

では、一体ブッシュはどうして外交的配慮をする必要があったのでしょうか。
ニューヨークタイムス(http://www.nytimes.com/2005/02/14/politics/14korea.html?ei=5094&en=e43cf447efb0efe5&hp=&ex=1108443600&partner=homepage&pagewanted=print&position=。2月14日アクセス)によると、要旨こういうことです。

ブッシュは、金正日による人権抑圧を嫌悪していて、かねがね金を「非道徳的」な「専制君主」であると評しており、米国政府の対北朝鮮政策について、一般に想像されているよりはるかに積極的に関与している。
 しかし、昨年12月に韓国のノ・ムヒョン大統領と会談した際、「金は自国民を餓死させている」と罵ったところ、ノから、「確かに金は悪い奴だが、公衆の面前でそんなことを言う必要はなかろう。フセイン大統領に対してやったように核問題を個人間の確執に転化してしまうと、外交的に北朝鮮に核を放棄させることは不可能になってしまう」と言われた。するとブッシュは「分かった。公衆の面前でこの種のことは言わないことにしよう」と答えた。
 それ以来、現在までのところ、ブッシュはこの約束を守っている。

 ちなみに、この記事が出たとき、韓国の大統領府は、ノ大統領は「金は悪い奴だ」などとは言っていない、と記事のこの部分を否定しました(http://www.sankei.co.jp/news/050217/kok022.htm。2月17日アクセス)。韓国の対北配慮ぶりは病膏肓に入った観があります。

さて、既に何度も申し上げてきているところですが、ここで、改めて、ブッシュ政権の北朝鮮政策がいかなるものか(についての私の考え)を復習しておきましょう。
要するに、
まず、第一に、何年後かに北朝鮮を軍事攻撃できるような態勢を構築すべく、(北朝鮮との休戦ラインに近すぎて開戦時に火砲の砲撃の洗礼を受ける)在韓米軍部隊の後方地域への移転、在韓米軍の削減、在韓米軍部隊の装備の改善、グアム島等西太平洋地域への米空軍爆撃機の増加配備、在韓米軍部隊及び在日米軍部隊の、北朝鮮短・中距離ミサイルに対する防衛能力の向上(自衛隊のミサイル防衛能力向上の反射的利益分を含む)、北朝鮮長距離ミサイルに対する米本土の防衛能力の向上、北朝鮮の地下に格納されているミサイルや核兵器等を破砕するための爆弾(核爆弾を含む)の改善・開発、などを推進する。
そして第二に、米朝二国間協議には応じず、六カ国協議の場で北朝鮮の核問題を解決することに固執し、拉致問題解決を最重視する日本を始めとして、立場の極めて異なる諸国を関与させることによって、六カ国協議を実質的進展のないまま推移させ、上記軍事攻撃態勢が構築されるまでの時間稼ぎをする。
というのがブッシュ政権の北朝鮮政策です。
 では、どうして北朝鮮が、そんな六カ国協議にこれまでまがりなりにも出席をしてきたのでしょうか。出席を拒否すれば、核問題を解決する気がない、として国連安保理に議論の場を移すことに中露韓とも反対できなくなり、安保理決議に基づく対北朝鮮経済制裁が発動される恐れがあったからです。
 第二期ブッシュ政権の北朝鮮政策には目新しい点は何もなく、ただ単に米世論の動向を斟酌して、米国の主敵の筆頭は北朝鮮であることをにおわせるとともに、米国は当面北朝鮮を武力攻撃する意思はないことを強調した、というだけのことなのです(注3)。

 (注3)強いて言えば、事実上日本に入港する北朝鮮船舶をねらい打ちした船主責任保険義務化等の形で日本にも片棒を担がせつつ、北朝鮮の非合法活動(通貨偽造・行使や麻薬製造・密売等)への対策を強化したことが目新しいくらいだ(NYタイムス上掲)。

 一方、北朝鮮は更に窮地に陥っています。

2 一層追いつめられた北朝鮮

 (1)北朝鮮のお寒い核能力
細田官房長官は17日の記者会見で、「弾道ミサイルの発射が差し迫っているとか、核を搭載して発射できるとかいう認識は持っていない。長距離ミサイルを兵器を載せて目的通りに撃てる実態にはないと思っている」と述べ、その理由として「ミサイルの精密度とかコントロール(が正確でない)、核実験をしていない。総合力で評価をすると、まだまだいろいろな問題点はある」と説明しました(http://www.asahi.com/politics/update/0217/002.html。2月18日アクセス)。
また、韓国の国家情報院は24日韓国国会で、国際社会の監視強化で主要装備の導入が阻まれ、濃縮工場の建設には至っていないことから、北朝鮮はまだ高濃縮ウランを製造、保有していないとの見方を示しました(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050224i115.htm。2月25日アクセス)。
 これらは10日に北朝鮮外務省による核保有宣言がなされているだけに、それぞれ米国との調整の上発出された、米国の公式見解の代読であると私は理解しています。
 つまり、北朝鮮は1??2個プラスアルファの核爆弾は持っているかもしれない(http://news.tbs.co.jp/20050217/newseye/tbs_newseye1134006.html。2月17日アクセス)けれど、航空機に載せて運ぶしかないのであって、(載せて運べるだけのペイロードのある航空機すら北朝鮮は持っていないという説(典拠失念)の真偽はともかくとして、)在韓・在日米軍も勘定に入れれば、韓国や日本の対航空機防空能力は極めて高いことから、北朝鮮の核の脅威は現時点ではまだゼロに近い、ということです(注4)。そしてまた、北朝鮮が今後保有しうる核爆弾の個数は、プルトニウムを原料にした十個程度が限度であり、高濃縮ウランを原料とする核爆弾がこれに上積みされてどんどん増えていく、という状況にはない、ということです。

 (注4)ベーカー前駐日米国大使が、16日の離任会見で、「個人的には北朝鮮が核兵器を持っているということよりも、それを売ることにより大きな懸念を感じる。兵器を含め、持っているものは何でも売るという過去の実績があるからだ」と話し、「保有」よりむしろ「拡散」により大きな脅威を感じていることを明らかにした(http://www.asahi.com/international/update/0216/011.html。2月16日アクセス)ことを思い起こして欲しい。

 米国が北朝鮮の核問題で悠揚迫らぬ態度でいるのは、何もイラクで手一杯で北朝鮮にまでかまっておられないから、ということではないのです。
 ですから、北朝鮮が公式に核保有宣言をしたからといって、それは少しもブラフにはなっていないのです。
 逆に言えば、それにもかかわらず、公式核保有宣言でもしなければならないほど、北朝鮮は追いつめられている、ということです。

(続く)