太田述正コラム#685(2005.4.9)
<イラク移行政府の陣容(その2)>
(前回のコラム#684に大幅に加筆訂正してHPに再掲載してあります。)
(3)コメント
タラバニ氏のこれまでの72年の生涯を振り返ってみると、今まで命を落とさなかったことは奇跡に近い、という感を深くします。
ともあれ、タラバニ氏について、早くも、12世紀に十字軍を打ち破ったクルド人の英雄サラディン(Saladin。本名Salah al-Din al-Ayyoubi。1138?93年)の再来、と評する声があがっています。
これに対しタラバニ氏は、サラディン(注5)と違って自分は西側諸国と協力して行こうと思っているし、実権のない象徴的なポストに就いたにすぎない点でもサラディンとは違う、と受け流しています。
(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4421261.stm上掲による。)
- (注5)イラクのティクリート生まれ。(現在の)シリア・イラク・エジプトにまたがるアイユーブ(Ayyub)朝の創始者。家臣としてクルド人を重用した。1187年にキリスト教徒側からエルサレムを奪還し、これを契機に始まった第三次十字軍の攻撃も退けた。英国のリチャード1世(獅子心王)(Richard I (Richard the Lionheart))との死闘は有名。サラディンは、「騎士道」精神を身につけており、リチャード1世らからも敬意を表された。十字軍はしばしばイスラム教徒やユダヤ人を虐殺したものだが、サラディンは、ユダヤ人はもとよりキリスト教徒も保護した。(http://i-cias.com/e.o/saladin.htm(4月8日アクセス)、http://www.guardian.co.uk/israel/comment/0,10551,1450812,00.html(4月2日アクセス))
2 首相
(1)ジャファリ首相の指名・ジャファリ氏の軌跡
タラバニ大統領は、二人の副大統領と協議の上、7日、ジャファリ(Ibrahim al-Jaafari。1947年?)氏(コラム#674)を首相に指名しました。
首相は、イラク移行政府の最も重要なポストであり、二週間以内に組閣を完了することになっています。
ジャファリ氏はシーア派の聖地の一つであるカルバラに生まれ、モスル大学医学部を卒業しました。彼は、学生時代に既に(イラクの最も古いシーア派政党である)ダーワ(DawaまたはDaawa)党に入党していましたが、ダーワ党は1970年代後半にフセイン政権の弾圧を受け、何千もの党員並びに党員の家族が殺害されます。ジャファリ氏は1980年にイランに亡命し、そこで9年間過ごした後、英国に移ります。英国ではロンドンで一般医(GP=General Practitioner)として働いていたのですが、2003年にフセイン政権が崩壊すると、二人の息子と三人の娘と奥さんを英国に残してイラクに帰国し、初代のイラク統治評議会議長に多国籍軍によって任命されます。そしてイラク暫定政府では副大統領に就きました。昨年の世論調査では、彼は、シスタニ師、サドル師に続く三番目に人気の高い人物、つまりは政治家としては一番人気の高い人物であり、本年一月の議会選挙では、ダーワ党党首として、かつシスタニ・リスト(UIA。コラム#674)の一員として戦い、当選しています。
(2)懸念
ジャファリ首相に対する懸念は少なくありません。
第一に、フセイン政権にひどい目にあったシーア派の意向を受け、彼が、アラウィ前首相が行った旧バース党員の治安要員等への採用を取り消すのではないか、という懸念です。逆に何度も米軍等に対して蜂起したサドル師の支持者を登用するのではないか、という懸念もあります。
第二に、米軍等の早期の撤退を求めるのではないか、という懸念です。
第三に、クルド人との交渉を適切な形で妥結させられるのか、という懸念です。石油産出地域であるキルクークをクルド人自治区に組み入れるのか、クルド人民兵(ペシュメルガ)を存続させるのか、等が主要論点です。
第四に、つい最近まで、イスラムをイラクの唯一の法源としたいという意向を表明してきたジャファリ首相が、これに反対する世俗勢力と決着点を見つけられるのか、という懸念です。ジャファリ首相自身、酒・タバコ・トランプをやらず映画にも行かない、という厳格なイスラム教徒ですが、彼が英国ファンであって、彼の(シスタニ師の遠縁にあたる)奥さんは婦人科医というキャリアウーマンで、(サウディでは女性の運転は禁止されているところ)車も乗り回している、というあたりをどう考えるかです。
(以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/iraq/la-fg-iraq8apr08,0,4823681,print.story?coll=la-home-headlines、http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4268143.stm、http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1424151,00.html(いずれも4月8日アクセス)による。)
(続く)