太田述正コラム#698(2005.4.21)
<風雲急を告げる北東アジア情勢(米英の見方)(その2)> 
 (4)日本におけるナショナリズムの高まりに起因
 以上、どちらかと言えば自由闊達な英国の報道二篇をご紹介してきましたが、引き続いて、どちらかと言えば無責任な英国の報道二篇をご紹介しましょう。
 まず、中共の今次反日行動は、日本における戦前復古調のナショナリズムの高まりが原因だと言わんばかりのBBC報道(http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/4449005.stm。4月17日アクセス)について。
 この報道は、ナショナリズムの高まりの例証として、南京事件や慰安婦問題等の取り扱い方に「問題のある」何冊かの教科書を合格させた先般の教科書検定を挙げた上で、この検定結果を読売新聞が社説で賞賛していることに呆れて見せ、これら問題のある何冊かの教科書と靖国神社の遊就館における日本の戦前史の記述ぶりが、戦前の日本の侵略がすべて日本の自衛と北東アジアの平和の確保のためだったという史観に立脚している点において共通している、と警鐘を鳴らしています。
 しかし、このようなバランス感覚を欠いた報道(注3)は、大英帝国を瓦解させたのが日本であったが故の日本への英国人のわだかまりを考慮に入れたとしても、英国の知性の衰えを示すものだと言わざるをえません。

  • (注3)読売・サンケイの「右翼」的スタンス、朝日・毎日の「左翼」的スタンスは今に始まったものではないこと、南京事件(コラム#253、254、256?259)の犠牲者数が定かでないことや強制された慰安婦(コラム#265、645、665、692)の存在は疑わしいことから教科書での記述には慎重を要すること、靖国神社はあくまでも日本の戦没軍人・軍属の慰霊を行っているのであって遊就館が日本の戦前史の一断面を切り取ってそれを「鎮魂」史観で記述するのはやむをえないこと、に言及していない。また、NYタイムス記事(下掲)も参照。

 もとより、米国のメディアにも日本における戦前復古調のナショナリズムの高まりを紹介するものがないわけではありません。
 しかし、例えばNYタイムスの記事(http://www.nytimes.com/2005/04/10/international/asia/10cnd-japan.html?hp&ex=1113192000&en=f38e74bec87e07d5&ei=5094&partner=homepage。4月11日アクセス)のように、日本における戦前復古調のナショナリズムの高まりを、中共が国内の矛盾から民衆の目をそらせるために使っている、という点も同時に指摘している、という点で、(私の眼から見るとなお不十分ではあるものの、)バランス感覚が失われていません。
 いずれにせよ、現在の日本において戦前復古調のナショナリズムの高まりなど全く見られない、と私は考えており、これらの記事はこの点では完全な誤りです。
 誤りである理由は簡単です。
 教科書に明治維新以降の歴史について、それがどのように記述してあろうと、記述量が少ないだけでなく、高校までの公教育で戦後の日本人は殆ど教えられていない(注4)からです。

 「戦前」について教えられていない以上、現在の日本人が「戦前」に「復古」できるわけがないではありませんか。
 他方、中共でも韓国でも人々は、日本による「侵略」史でもある自国の近現代史を、詳細に公教育で叩き込まれています(注5)。

 これでは、中共や韓国の市民と日本の市民の間で歴史認識(史観)に係る対話が成立するわけがありません。史観を戦わせるためには、互いに最低限の歴史的事実に関する知識を共有していなければならないからです(注6)。

  • (注6)私は、例えば私自身のこのコラムなどを手がかりに、日本の市民が自国の近現代史の知識を深めてくれることを望んでいるが、学べば学ぶほど、中共や韓国の市民がインドクトリネートされている史観の異常さが分かってきて、彼らとの対話は険悪なものとなることだろう。それでも対話を続けようと思ったら、「危険」ではあっても、欧米列強悪者史観を援用するほかあるまい。