太田述正コラム#715(2005.5.7)
<米国・軍事・米軍(その2)> 
 (2)米国における軍隊観・戦争観の構造的な変化
  ア 構造的な変化
 しかし、米軍の兵士の士気が高い理由を、単に、「戦場」生活におけるアメニティーの向上や徴兵制と志願制の違い、あるいは不人気だったベトナム戦争とは違って対テロ戦争には国民的支持がある、といったことだけに求めることはできません。
 米国社会には、かつて牢固とした反軍・反戦感情がありました(拙著「防衛庁再生宣言」(日本評論社)第6・7章)。南北戦争後、第一次世界大戦後、先の大戦後、と戦争が終わるたびに、米軍の規模の大幅縮小が断行されたのはそのためです。
 米ボストン大学のベースビッチ(Andrew J Bacevich)教授は、この軍隊観ないし戦争観に構造的変化が起こり、かつては、米国が他に抜きん出た軍事力を保持して世界の警察官的役割を果たす(前述)ことに後ろめたい気持ちを持っていた米国民が、今ではそれを当然視するようになった、と指摘しています。(以下、3(1)までは基本的に同教授の論考(http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/GD22Aa01.html。4月22日アクセス)による。)
 2004年の米大統領選挙でも、民主党のケリー候補が、ブッシュが鳴り物入りで開始したところの、10年は続くと考えられる反テロ戦争そのものには全く異を唱えず、反テロ戦争の一環として行われた対イラク戦を十分な兵力と装備なくして開始した、と軍事面での手抜きについてブッシュを批判するにとどまったことを思い出してください(注4)。

  • (注4)このほかケリーは、対イラク戦を、国際協調体制の確立なくして、かつフセイン政権が大量破壊兵器を開発しているという誤った情報に基づいて開始した、とブッシュの手続き面の不手際を批判した。

 このような朝野を挙げて軍事を重視する風潮によって、米軍の兵士達の士気は下支えをされているのです。

  イ それをもたらしたもの
 一体全体どうして、米国社会から反軍・反戦感情が消え失せてしまったのでしょうか。
 最大の原因は、先の大戦以降、米国が意図せざる結果として世界の警察官としての役割を担って来ざるを得なかった、という重い現実を次第に米国民が受け入れるようになり、積極的にその現実と向かい合うようになったということです。
 ただ、これを促進した決定的契機があります。
 それは、徴兵制から志願制への変化に象徴されているところの、戦争の態様の変化です。
 すなわち、社会の産業化がもたらしたところの、重機を駆使したブルーカラーの大集団による盲爆の交換を主体とした、凄惨な殺し合いとしての戦争から、社会の情報化がもたらしたところのハイテクを駆使したホワイトカラーのエリートによるピンポイント攻撃を主体とした、敵味方とも死傷者の少ない戦争へ、という変化です。
 1990年代にこの変化が起こり始め、21世紀に入って変化は決定的になりました。
 語弊を恐れずに言えば、少なくとも米国民から見れば、戦争は再びかつての姿を取り戻し、参加する者にとってはスリルを伴ったスポーツとなり、部外者にとっては一大ページェントとなったのです。
 
  ウ そしてどうなったか
 その結果米国では、1990年代に入ってから米国史上初めて、国民の軍隊への信頼性が、行政府・議会・メディア・宗教団体への信頼性を上回るようになり、その傾向は一層募ってきています。
 そして今や兵士は、米国市民の模範として仰ぎ見られる存在になったのです。

3 能力の維持

 (1)米軍の規模の優位
 朝鮮戦争後とベトナム戦争後にも、かなり大きな規模で米軍の縮小が行われましたが、冷戦後は、米軍の規模はそれなりに縮小されたものの、米国以外のNATO諸国の軍隊のドラスティックな縮小には比べようもありません。
 その結果米軍の相対的な規模はどうなったでしょうか。
 今でも米海軍は12隻もの攻撃型空母を維持しています。そもそも、米国以外の国でまともな攻撃型空母を持っているのはフランス(1隻)くらいですし、30ノットで走るニミッツのような10万トンの原子力空母を持っている国は米国だけです。また、米海兵隊だけで英空軍よりも多くの攻撃機を持っていますし、米国には海兵隊以外にも、もっと多数の攻撃機を擁している米海軍本体、それに加えるに米空軍と、「空軍」を都合三つも持っている上、米陸軍がこれまた5,000機も航空機を持っています。
 更に、依然として米国は海外に100を超える軍事基地を維持しており、米軍は全世界にわたって日々、情報収集・警備・平和維持・訓練・共同訓練・助言・災害派遣・復興支援等の多岐にわたる活動を行っています。しかも先の大戦終了以降、米国による海外における武力介入の頻度が、時代を経るに従って着実に多くなってきています。
 このようなわけで現在では、米国の国防費は、計算の仕方によっては、米国以外のすべての国の国防費の総和よりも大きくなってしまっている、という状況です。
 しかも、対テロ戦争を開始した結果、米国の国防費は急速に増えつつあり、近々、冷戦期末期の過去最高水準を実質ベースでも凌駕することは必至です。更に今後、米国の国防費は米国以外のすべての国の国防費の総和をどんどん引き離して行くであろうと予想されています。

 (2)米軍の質の優位
 米国の軍事力の優位は、上述したような規模の優位のほか、質の優位によっても担保されています。
 米国の軍事研究開発費は、全世界の軍事研究開発費の実に87%を占めており、仮にこの経費をゼロにしたとしても、武器の研究開発のリードタイムを考えれば、今後20?30年にわたって、米国の軍事力の質的優位が維持されることは間違いない状況です(http://www.glocom.org/opinions/essays/20050124_inoguchi_emerging/index.html。1月27日アクセス)。

4 結論

 以上ご説明してきたように、意思と能力の両面から見て、米国は当分の間、世界の警察官としての役割を果たしていくことが可能であり、その役割を果たしていくであろうと考えられます。
 その「当分の間」がどれくらいの長さになるかは、米国の経済財政事情いかんによるのであって、究極的には米国の世界の中での相対的経済力が衰退するスピードにかかっている、ということです。

(完)