太田述正コラム#7382005.5.30

<イラク不穏分子という謎(後日譚)(その4)>

 (本篇の上梓は27日であり、コラム#729の続きです。)

 植民地を殆ど失ってからも、英軍は、北アイルランドでIRAのテロリスト相手の戦闘に先の大戦以降、ずっと従事してきたこともあり、英軍の治安維持(peacekeeping能力・・対ゲリラ・テロ戦闘能力並びに民心収攬能力、あるいは安定化・再建能力・・の高さを維持したまま現在に至っています。

 (3)米軍改革の方向

 治安維持には、装甲機動力や火力、ハイテク兵器などは殆ど使われません。

 つまり治安維持は、戦車兵や砲兵等の仕事ではなく、歩兵の仕事なのです。

 ところが歩兵は、フルタイムの米軍の全兵力のわずか4.6%を占めるだけであり、陸軍が51,600人、海兵隊がせいぜい20,000人です。ですから、米軍の治安維持能力を高めるためには、1990年代に30%以上削減された陸軍兵力を、特に歩兵を中心に増加させる必要があります(注9)。

(以上、http://www.nytimes.com/cfr/international/20050301faessay_v84n2_boot.html?pagewanted=print&position=前掲、による。)

(9)歴史を通じて、陸軍の理想的な将校比率は3?8%だが、米陸軍では14.3%に達している。これは、戦時において徴兵によって陸軍総兵力が拡大することを念頭に置いているからだが、徴兵制が復活する可能性など考えられない以上、この比率も是正されるべきだろう。

治安維持能力を重視する観点から、米軍を大きく二つに分割すべきだ、とする主張もあります。

軍事専門家のバーネット(Thomas P.M. Barnett)は、昨年米軍を、空軍と海軍を中心とするリバイアサン戦力("Leviathan" force)と陸軍と海兵隊を中心とするシステム・アドミニストレーター戦力("System Administrator" force)に分け、前者は世界のどこにでも直ちに圧倒的な軍事力を派遣して短時間で勝利するためのもの、後者はその勝利の後で時間をかけて効果的に安定化と再建を成し遂げるためのものとすべきだ、と提言しました。

後者の戦力については、国務省との連携が欠かせません。

英国出身の歴史学者のニール・ファーガソン(コラム#207?212)はより大胆に、かつての英国の植民地省(British Colonial Office)の現代版を米国は設置すべきだ、と昨年出した新著Colossus(コラム#209)の中で提言しています。

以上のような意見を踏まえ、既に米国務省に、治安維持に係る新しい室(Office of the Coordinator for Reconstruction and Stabilization)が設置され、国務省・国防相・CIA・国際開発庁、の総合調整に着手しました。

米議会においても、米国の治安維持能力向上のための立法措置が検討されています。

(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/05/17/AR2005051701327_pf.html(5月19日アクセス)による。)

問題は、治安維持業務中心となった米陸軍や海兵隊が、将来とも、所要の人材を確保できるかどうかです。

まさに米陸軍と海兵隊が治安維持業務を行っている現在アフガニスタンとイラクに関しては、人材はどうにか確保できています(コラム#714715)が、永久にもっぱら治安維持業務に従事させられるとなったら、米地上部隊を生涯の職業として選ぶ青年がどれだけいるだろうか、疑問なしとしません。何しろ、治安維持業務というやつは、目に見えない敵相手の、いつ完結するか定かではない業務なのですから。

(以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-captains22may22,0,429308,print.story?coll=la-home-headlines(5月23日アクセス)による。)

(4)終わりに 

 イラクにおける米国の反省点は、米軍の民心収攬面での拙劣さ、すなわち治安維持能力の低さだけではなりません。

 対イラク戦開戦にあたってフセイン政権が大量破壊兵器を持っていると誤認したという情報収集・分析能力のお粗末さ(http://www.nytimes.com/2004/10/20/international/20war.html20041021日アクセス)、フセイン政権打倒後、イラク軍を廃止してしまうという判断ミス(http://www.nytimes.com/2004/10/21/international/21war.html?ei=5094&en=8068024c5d6929a4&hp=&ex=1098417600&partner=homepage&pagewanted=print&position=20041022日アクセス)、そして、あのように執拗なゲリラ・テロ攻撃が続くことを予想できなかったという、やはり情報収集・分析能力のお粗末さ(http://www.nytimes.com/2004/10/19/international/19war.html20041020日アクセス)、を思い起こすだけでも、米国の対外政策立案・遂行能力全体の改革が必要である、と言わざるを得ません。

 大量破壊兵器を持っていると誤認した点では、英国も同罪であったということもあり、何度も申し上げていることですが、私は日本が吉田ドクトリンを廃棄し、早急に国内態勢を整備した上で、英国とともに、米国に対し、その対外政策立案・遂行について、積極的に注文をつけ、たしなめる役割を果たしていく必要があると思うのです。

(完)