太田述正コラム#7482005.6.9

<トランスヒューマニズム(その3)>

 (本篇の上梓は6月7日です。なお、前回のコラム#747に「(注2-2)」を挿入して私のHPの時事コラム欄に再掲載してあります。)

4 トランスヒューマニズム

 (1)トランスヒューマニズム

 トランスヒューマニズムとは、フクヤマ流のヒューマニズムを超越した思想です。

 1998年に英国人ボストロム(Nick Bostrom)と米国人ピアース(David Pearce)によって設立された世界トランスヒューマニスト協会(World Transhumanist AssociationWTA)(注4)によれば、トランスヒューマニズムの定義は、次のとおりです。

 (注4)今年の4月28日現在の会員数は約3000名だが、日本の会員はわずかに6名で日本にはまだ支部もない(http://transhumanism.org/index.php/WTA/join#membership等)。

 「一:人間の加齢からの解放並びに人間の知的・身体的・心理的能力の飛躍的向上等に係る応用科学(applied reason)を発展させ広汎に普及させることによって人間の状況(condition)を抜本的に改善することが可能でありかつ望ましい、ということを確認する知的・文化的活動。二:人間の抱える諸制約を克服することにつながる諸技術の体系(ramifications)・可能性・危険性の研究、及びこれに関連するところの、かかる諸技術の開発と活用に伴う倫理的諸問題の研究」(http://www.transhumanism.org/index.php/WTA/faq21/46/。6月6日アクセス(以下、特に記さないケースにおいて同じ))

 ちょっと補足しておきましょう。

「加齢からの解放」の究極には「不死」がありますが、そこに至る道筋は色々ありうるのであって、遺伝子工学(genetic engineering)等の発展によって人間そのものを不老不死へと改造する方法もあれば、人間の大脳並またはそれ以上の超知能(super intelligence)(http://www.transhumanism.org/index.php/WTA/faq21/60/等)を開発し、そこに不死を願う人の大脳の全機能を転写したものをアップロード(http://www.transhumanism.org/index.php/WTA/faq21/63/)する方法もあります。

「人間の知的・身体的・心理的能力の飛躍的向上等に係る応用科学」としては、この超知能のほか、仮想現実技術(virtual reality。人間の知的・身体的・心理的能力を向上させるシミュレーターをより効果的なものにするために必要。超知能にアップロードされ不死となった「人間」をして、「身体」(感覚・運動機能)がなくても倦ましめないためにも必要。http://www.transhumanism.org/index.php/WTA/faq21/61/)、バイオテクノロジー(biotechnology)、遺伝子工学、幹胚技術(stem cells)、クローン技術(cloning)、分子ナノテク(molecular nanotechnology)、人体冷凍保存技術(cryonics。死因となった病気が治癒できるようになり、かつ冷凍化に伴う損傷回復技術が完成するまで死者を保存するための技術。http://www.transhumanism.org/index.php/WTA/faq21/62/)のほか、大脳・コンピューター・インターフェース技術(brain-computer interfaces。先天性視力障害者の視力回復等が既に可能になっているが、やがて超小型コンピューターが大脳に組み込まれ、人間の知覚・記憶・思考力の飛躍的向上が可能になる)や薬学(medecineProzacRitalinのくだりを思い出していただきたい)(http://news.ft.com/cms/s/c7eb8502-cda3-11d9-9a8a-00000e2511c8.html。5月28日アクセス)等があります。

 (以上、特に断っていない限りhttp://transhumanism.org/index.php/WTA/faq#endnoteによる。)

 (2)認知されたトランスヒューマニズム

 この6月1日に、オックスフォード大学の新設の「21世紀のためのジェームス・マーティン校」(James Martin School for the 21st Century)に「オックスフォード人間性の未来研究所」(The Oxford Future of Humanity Institutehttp://www.oxfhi.ox.ac.uk/)が設立され、WTAの創設者の一人であり、これまでオックスフォード大学で哲学の講師をしていたボストロムが所長になりました。

 この研究所は、文字通りのトランスヒューマニズムの研究所であり、このような研究所がオックスフォード大学に設立されたということからも、アングロサクソン世界において、フクヤマのようなトランスヒューマニズム懐疑論が退けられ、トランスヒューマニズムが人類にとって意義のある最先端の研究対象として認知されるに至っていることが分かります(FT上掲)。

 (3)トランスヒューマニズムについての感想

 トランスヒューマニストの多くは、科学や技術の発展のペースがどんどん加速している(注5)ことから、今世紀中にも、人間は不死(その形が少なくとも二種類あることに注意)に至る可能性があると考えています(http://www.transhumanism.org/index.php/WTA/faq21/87/)。

 (注5)ごく最近だけでも、韓国での人間のクローン幹胚製造成功があった(http://news.ft.com/cms/s/f855adfc-c89a-11d9-87c9-00000e2511c8.html(5月20日アクセス)、http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/technology/story/20040213301.html(5月28日アクセス)。また、人工子宮の研究状況についてはhttp://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2005/05/29/2003257089(5月30日アクセス)参照。

 そのまでの間にも人間はどんどん「改造」されていくことでしょう。

 不死となった人間はもとよりですが、「改造」された人間についても、これらの人間やこれらの人間がつくる社会に係る人文・社会科学等は、当然のことながらまだ存在していません。また、このような社会においては、既存の宗教は急速にその役割を終えることでしょう。

 このようにちょっと考えただけでも、研究しなければならない事柄は山のようにあります。しかも、研究の結果を、時代に先んずるスピードで施策化していく必要があります。

ですから日本の市民も、トランスヒューマニズムに強い関心を寄せ、その研究等を積極的に支援するとともに、政府にトランスヒューマニズムの研究を促して行く必要がある、と私は思うのです。

 さしあたり、WTA日本支部の設立に人肌脱ごうという方はおられませんかね。

(完)