太田述正コラム#749(2005.6.10)
<アドバニ騒動に寄せて>
1 アドバニ騒動
インドの最大野党でヒンズー原理主義の流れを汲むBJP(Bharatiya Janata Party)のアドバニ(Lal Krishna Advani。1929年?)党首(注1)が、先月のパキスタン訪問時の発言をインド国内で咎められて、党首を辞任するしないの騒ぎになっています。
(注1)アドバニは、2004年5月の総選挙でBJPが敗北し、BJPを中心とする政権から国民会議派を中心とする政権に変わるまで、バジパイ首相(Atal Behari Vajpayee 。BJP党首)の下で副首相を務めており、その後、バジパイの跡を襲ってBJPの党首になった。
咎められたのは、パキスタン建国の父ジンナー(Mohammed Ali Jinnah。コラム#14、203、673、679、681)の廟を訪問し花輪を捧げた上、ジンナーを「一つの歴史をつくった稀なる人物」と賞賛し、ジンナーを「世俗主義(secular)の人」と形容した点です。
というのは、インドではジンナーは宗主国の英国とつるんで1947年のパキスタンの分離独立をもたらしたところの、ガンジー(Mahatma Gandhi)やネール(Jawaharlal Nehru)と比ぶべくもないマイナーな陰謀家、ということになっているからです。
BJP関係者を含むヒンズー原理主義達からは、裏切り者のジンナーを賞賛するのならアドバニも裏切り者の仲間入りだ、という過激な批判が出ています(注2)し、インドの現政権与党である国民会議派からも、インドの歴とした世俗主義に比べればジンナーの世俗主義はまがい物なのに何だ、という批判が出ています。
(注2)1990年からアドバニは、インド北部アヨディヤ(Ayodhya)のモスク(Babri masjid(mosque))を取り壊して、このモスクが16世紀に建つ前にあったとされるヒンズー教寺院を再建しようというヒンズー・ナショナリズム運動を始め、インド全土を練り歩く(rathyatra (motorised chariot) journey)。この運動に共鳴したヒンズー教原理主義者達10万人がアヨディヤに集まり、1992年12月にこのモスクを破壊してしまうのだが、その時たまたまアドバニがアヨディヤにいたため、彼がモスク破壊の首謀者ではないかという噂が絶えない。この事件の「勢い」に乗ってBJPは1998年に政権の座につく。そのアドバニが何たることを言ってくれたものか、というわけだ。
パキスタン訪問時のこのほかのアドバニの発言、(ムシャラフ大統領に会った後での)「ムシャラフ大統領は信頼するに足る人物だ」、「バブリモスクが破壊された日は私にとって人生で最も哀しかった日だ」や、「インドとパキスタンという二つの異なった独立主権国家の出現は、変更することのできない歴史の現実だ」も、ヒンズー原理主義者達の怒りを買っています(注3)。
(注3)ヒンズー原理主義者達は、インド亜大陸のインドとパキスタン(及びバングラデシュ)への分割を非難し、再統一を主張している。
アドバニは現在のパキスタンのカラチ出身ですが、これらの発言は、郷里の地に帰った興奮であらぬことを口走った、ということではなく、BJPの政権復帰、そして自身の首相就任に向けて、ヒンズー原理主義者達以外の人々をBJPに惹き付けることを意図した計算ずくのものだろう、といった論評が行われています。
そのアドバニにとって、BJP関係者からの批判は心外だったらしく、「私は、撤回したり訂正したりしなければならないような言動をパキスタン訪問時に何一つ行ってはいない」とした上で、党首を辞任すると息巻いています。
アドバニにしてみれば、昨年の総選挙の際にインド国内のイスラム教徒をBJPに目を向けさせようとしたり、昨年1月にバジパイ・ムシャラフ印パ首脳会談を開催し、カシミール紛争解決への道筋をつけたり、といったかつて自分が副党首として関与したBJPの対イスラム教徒/パキスタン新戦略の論理的延長線上に今回の党首としての自分のパキスタン訪問やその折りのジンナー賞賛発言があるのに、何を今更、という気持ちなのでしょう。
(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4616445.stm、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4617667.stm、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/2075803.stm
http://www.nytimes.com/2005/06/08/international/asia/08india.html?pagewanted=print(以上、6月8日アクセス)、http://www.atimes.com/atimes/South_Asia/GF09Df02.html、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4072778.stm、http://news.ft.com/cms/s/236c53fe-d7ac-11d9-9f43-00000e2511c8.html(以上、6月9日アクセス)による。)
2 コメント
結局のところ、アドバニはBJP党首の地位にとどまる可能性が大ですし、そうなって欲しいと私は思っていますが、いずれにせよ、インド政界の重鎮たるアドバニの軌跡が示しているのは、インドがヒンズー原理主義的熱情・・迷妄と言うべきか・・から醒めつつある、ということです。
インドが名実ともに自由・民主主義国家に回帰しつつあることは、まことに歓迎すべきことです。
そのインドと日本が、ドイツ、ブラジルと手を携えて国連安保理常任理事国入りを目指していることに、運命的なものを感じます。
日本もこの際、アングロサクソンから最も早く「自立」したインドの爪の垢でも飲んで、二番目に「自立」したドイツ、そして現在「自立」しつつあるブラジル(近々論じる)の驥尾に付して、アングロサクソン(米国)からの「自立」に向けて最初の大胆な一歩を踏み出して欲しいものです。