太田述正コラム#756(2005.6.17)
<ブッシュの脱北者との懇談>
1 ブッシュの脱北者との懇談
ブッシュ米大統領は13日にホワイトハウスで朝鮮日報の記者である姜哲煥(Kang Chol-Hwan。1968??)と40分にわたって懇談しました。チェイニー(Dick Cheney)副大統領やグリーン安全保障会議アジア部長(Michael Green, the Asia director of the National Security Council)らが同席しました。
ブッシュは、2ヶ月ほど前にキッシンジャーから.姜の本・・フランス人ジャーナリストのリグロ(Pierre Rigoulot)との共著である’The Aquariums of Pyongyang: Ten Years In The North Korean Gulag’Basic Books,2001(フランス語で書かれた2000年刊の原著の英訳)(注1)・・を推薦されてこれを読み、北朝鮮の強制収容所の悲惨さに心を痛め、姜との懇談を希望したものです(注2)。
(注1)「平壌の水槽――北朝鮮地獄の強制収容所」ポプラ社2003年がその邦訳か。なお、姜哲煥の著書で、邦訳されているものにはほかに、「さらば、収容所列島・北朝鮮」ザ・マサダ1994年、「北朝鮮脱出」(上下)文芸春秋1994年がある。(http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%9BI%93N%E0%85/list.html。6月16日アクセス)
(注2)レーガン大統領が、まだ冷戦下にソ連の反体制派と懇談した、という前例がある。なお、ブッシュは、これまで、ベネズエラ(コラム#732、733)の反チャベス大統領派のリーダー(Maria Corina Machado)とホワイトハウスで懇談し、また、ロシア訪問中にモスクワでロシアの人権活動家達と会ったことがある。
懇談の後でブッシュは姜に本にサインをしてもらい、ホワイトハウスのスタッフはもとより、米国のすべての人々がこの本を読んで欲しい、と述べました。
またその際、ブッシュは姜に「金正日がわれわれの懇談のことを知ったらどう思うだろうね」と語りかけており、北朝鮮が六カ国協議に出たくないのなら出なくて結構、と金正日を徴発していることは明らかです。
改めて北朝鮮の体制変革にかけるブッシュの意気込みに敬意を表したくなります。
2 姜哲煥の半生
姜の祖父母は1930年代に日本に渡った在日朝鮮人であり、二人とも朝鮮総連の幹部でしたが、1960年代に北朝鮮に帰還しました。ところが、1977年、姜が9歳(10歳?)の時に、祖父が反体制的であるとして粛清されて消息不明となると、姜は、三親等まで「再教育」の対象とするとの北朝鮮の内規に従い、祖母、父母、弟ともども強制収容所に送り込まれてしまいます。
姜はそれから10年間、強制収容所生活を送り、餓死の危機・制裁・公開処刑の危険・過酷な強制労働、等を乗り越えて生き延び、釈放されます。そして姜は1992年に脱北し、韓国に移り住み、やがて朝鮮日報の記者になって現在に至っています。
なお姜は、2003年に米議会で自分のこの経験について、証言をしており、その際、TV出演もしたことがあります。
3 感想
朝鮮日報は、姜が自社の記者であることもあって、この懇談を大々的に報道しており、韓国の10年以上も前の軍政下の人権侵害を激しく糾弾している韓国の与党勢力等が、現在の北朝鮮のより深刻な人権侵害状況について沈黙しているのはどういうわけだ、そもそもノ・ムヒョン大統領はこの種の本を読んでいるのか、と噛みついています。
(以上、http://english.chosun.com/w21data/html/news/200506/200506140011.html、http://english.chosun.com/w21data/html/news/200505/200505290004.html(どちらも6月15日アクセス)、http://www.amazon.com/gp/product/product-description/0465011020/ref=dp_proddesc_0/002-1455171-4350437?%5Fencoding=UTF8&n=283155、http://msnbc.msn.com/id/3071467/、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/06/14/AR2005061401715_pf.html、http://english.chosun.com/w21data/html/news/200506/200506150041.html、http://english.chosun.com/w21data/html/news/200506/200506150028.html(いずれも6月16日アクセス)による。)
まことに正論だと思いますが、顧みて日本はどうでしょうか。
日本人拉致問題に付随して、脱北者問題についても報道こそ盛んになされていますが、首相と脱北者の懇談や、国会での脱北者の証言聴取は実現していません。
脱北者問題、ひいては北朝鮮における人権侵害問題については、姜一家のケースを見ても分かるように、直接間接に日本にも責任があるだけに、政府のより積極的な取り組みが望まれるところです。