太田述正コラム#10261(2018.12.19)
<人間主義再考(その6)>(2019.3.10公開)

 渡辺は、次のように書いています。
 (「プラグマティシュ」なんて独語をわざわざ使うなと言いたくなりますが・・。)↓

 「イギリスにおけるプラグマティシュな人権の伝統–マグナカルタ(1215年)、権利請願(1628年)、人身保護法(1679年)、権利宣言(1689年)」

 そこで、一番最後の権利宣言が、イギリスにおける、最も、包括的にして新しい人権法制である、と、仮にみなすことにしますが、その内容は次の通りです。↓

 「先王ジェームズ2世の行った不法行為の指摘から始まり,それらが将来の君主たちによって繰り返されないよう次のような要旨で13項目が列挙される。
[1]国王は議会の承認なしに法律の適用または執行を停止する権限をもたない
[2]国王は法律の適用または執行を免除する権限をもたない
[3]教会関係の事件に関して,かつて存在した宗務官裁判所を設立する授権状やその他これに類するいっさいの授権状および裁判所は違法である
[4]国王は議会の承認なしに国王の使用に供するための金銭の徴収はできない
[5]臣民には請願権がある
[6]国王は議会の承認なしに平時において常備軍を維持することはできない
[7]新教徒である臣民は自衛のための武器をもつことができる
[8]議会の議員の選挙は自由でなければならない
[9]議会における言論あるいは議事手続きは院外で問責されない
[10]過大な保釈金・過大な罰金および残忍な刑罰を求めてはならない
[11]陪審員は正当な方法で選ばれなければならない
[12]有罪判決の前にその者に課せられるべき罰金または没収物について約束することは違法であり無効である
[13]苦情救済と法律の修正・強化・保全のため議会はしばしば開かれなければならない
 なおこれら13項目にまとめられたイギリス人の「権利と自由」の根拠として,そこでは「その一つ一つが全部,この王国の人民の真の,古来から伝えられた,疑う余地のない」ものとして理解されなければならないと述べられている。
 その他の「権利の章典」は、ウィリアムならびにメアリがイギリスの国王および女王であることを明言すると同時に王位継承問題についてふれ,当人が新教徒であることを前提条件としての継承の順位を定めている。・・・」
http://afro.s268.xrea.com/cgi-bin/History.cgi?mode=text&title=%8C%A0%97%98%82%CC%8F%CD%93T

 しかし、このうち、[1]~[9]と[13]は、人権とは直接関係ないところの、議会主権を国王に対して再確認させた諸条項でしかないのは明白ですし、[1]~[13]以外で言及されているところの、国王の新教徒要件は、[7]と共に、カトリック教徒差別を謳ったものであってむしろ反人権的な代物であることから、これらは、既述したところの、ドイツの人権概念とは似ても似つかない代物であることはお分かりでしょう。
 [10]~[12]については、若干の注釈が必要です。
 日本国憲法は、人権(基本的人権)として、自由権、参政権、社会権、を規定しています
https://kotobank.jp/word/%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E7%9A%84%E4%BA%BA%E6%A8%A9-51583
が、権利宣言中に、参政権や社会権に相当するものは見当たらず、また、日本国憲法は、自由権として、精神的自由権、経済的自由権、身体的自由権、を規定しています
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%A8%A9
が、権利宣言中に、精神的自由権や経済的自由権に相当するものは見当たらないところ、[10]~[12]に限っては、一見、身体的自由権・・日本国憲法は、18条で奴隷的拘束からの自由を保障し、31条以下に詳細な身体の自由を保障する規定を置いている。
http://zen.shinshu-u.ac.jp/modules/0095010002/
・・に相当するものに近いのではないか、と思われるむきがあるかもしれません。
 しかし、これらもまた、司法権も掌握しているところの議会の意に反して、国王が司法権に介入してはならない、ということを宣言したもの、と解さざるをえないのです。
 というのも、イギリスは議会主権である以上、議会が掌握している司法権が、同じく議会が掌握している立法権や行政権を制約したり、立法権による立法や行政権による行政行為を取り消したり無効にしたり・・judicial review・・することは、自己矛盾であって、論理的にありえないからです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Due_process
 要するに、権利宣言は、議会の国王に対する古来からの諸権利を再確認し宣言したものであって、人たる国民の権利・・人権!・・の不可侵性ないし天賦性、を宣言したものなどでは全くないのです。
 なお、イギリスに「キリスト教の普及していない」ことについては、ここで、説明を繰り返す必要は・・長年の太田コラム読者に対してはとりわけ・・ありますまい。

(続く)