太田述正コラム#7672005.6.26

<捕鯨(その2)>

 2000年に日本が、それまで南極海と太平洋でミンク(mink)クジラを対象に実施してきた調査捕鯨の鯨種を、マッコウ(sperm)クジラとニタリ(Bryde’s/sei)クジラにも拡大することにしたところ、アングロサクソン諸国は一斉に日本を非難し、クリントン米政権は、(殆ど実質的な意味はなくなっていたが)200カイリ水域から日本漁船を完全に閉め出す措置をとりました。(http://www.kcn.ne.jp/~ca001/E18.htm及びhttp://www.local.co.jp/news-drift/comment-hogei.html(どちらも6月25日アクセス))

 2001年にはノルウェーが、日本に鯨肉の輸出を始めます(注5)。

 (注5IWC加盟国は鯨の商取引は禁じられているが、ノルウェーも日本も商取引の権利を留保しているので、ノルウェーから日本への鯨肉の輸出は可能。この時もグリーンピース等は激しい抗議運動を展開した。(http://www.kcn.ne.jp/~ca001/E18.htm上掲)

 日本は今年のIWC年次総会で、北海道・宮城県・和歌山県等について原住民生存捕鯨を認める決議案を提出したけれど否決されました(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050623i112.htm。6月23日アクセス)(注6)。

 (注6)日本の17世紀以来の「原住民生存捕鯨」基地として最も有名だった太地を抱える和歌山県は、学校給食での鯨肉の使用を再開した(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4106688.stm。6月19日アクセス)。ちなみに、カナダ・インドネシア・スリランカ・南太平洋諸国という、IWCに加盟していない諸国がずっと捕鯨を行ってきているが、これらはおおむね原住民生存捕鯨(伝統捕鯨とも呼ばれる)の範疇に属する捕鯨だと言えよう。

また、日本が表明した、調査捕鯨の再拡大方針(南極海のミンククジラの捕獲枠を倍増させ、新たにナガス(fin/humpback)クジラなど大型鯨を対象に加える)に対してオーストラリアが撤回を求める決議案を提出し、可決されましたが、日本は法的拘束力のないこの決議を無視する予定です(注7)。

 (注7)たまたま同じ時期に北海道のファーストフードチェーンが鯨バーガーを発売したことと併せ、英国の環境保護団体や動物愛護団体から、日本に対する激しい抗議が寄せられている(http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/4122800.stm及びhttp://www.guardian.co.uk/japan/story/0,7369,1512371,00.html(どちらも6月24日アクセス)、http://www.sankei.co.jp/news/050625/kok037.htm(6月25日アクセス))。

また、オーストラリアでは、北西部の町にある日本人墓地の一画が壊されるという事件が起こったが、これは日本の調査捕鯨拡大への怒りが原因ではないかと取り沙汰されている(http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050624k0000m030001000c.html。6月23日アクセス)。

 これら決議案の採決状況を見ると、このところ次第に商業捕鯨解禁派がモラトリアム継続派を票数で追い上げてきており、来年あたりの年次総会では逆転するのではないかと噂されています。これは、新規加盟国に商業捕鯨解禁派が多い(注8)ためです。

(以上、特に断っていない限りhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/4118990.stm及びhttp://www.asahi.com/international/update/0623/007.html(どちらも6月23日アクセス)による。)

 (注8)新規加盟国中の解禁派の多くは、日本からODAをもらっているアフリカ・カリブ海諸国だ。これら諸国のホンネは、解禁後、日本に捕獲枠を譲渡して収入を得るところにあると考えられている。なお、逆転したとしても、商業捕鯨解禁には(調査捕鯨の禁止も同じだが)四分の三以上の票が必要なので、当分膠着状態に変化は生じない。(http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/4110606.stmhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/4114368.stm、及びhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/4117888.stm(いずれも6月24日アクセス))。

 他方、商業捕鯨モラトリアム継続派は、一貫して調査捕鯨の禁止も主張してきたところです。つまりこれら諸国は、原住民捕鯨を除く捕鯨の完全禁止を追求してきたのであり、票数の逆転が間近であるというのに、いや間近だからこそ、ますます商業捕鯨解禁派への敵愾心を燃やしているのです。

3 捕鯨問題の論点

 以上見てきたことから、捕鯨の完全禁止をめぐる争いは、日本とアングロサクソン諸国との対立であると言って良いと思います。

その主要論点は次のとおりです。

 第一に、鯨だけを捕獲の対象外とすれば、鯨が相対的に増えてしまい、鯨が食用にするイカ等の海洋生物が減少してしまう、と日本は主張していますが、アングロサクソン側はこれに反論しており、両者とも決定的決め手に欠ける感があります。

 第二に、爆薬入りの銛を使用した現在の捕獲方式は、鯨に死に至るまでに著しい苦しみを与え、残酷なので、捕鯨を禁じなければならないとアングロサクソン側は主張していますが、日本側はこの捕獲方式を開発したノルウェーとともに、鯨は一瞬で死に至ると反論しており、やはり両者とも決定的決め手に欠ける感があります(http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/3847167.stm及びhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/3847167.stm(どちらも6月24日アクセス))。

 第三に日本は、日本の一部の地域では昔から、そして20世紀に入ってからは日本全国で食生活の一環となってきた鯨を食べることを禁じるのは、文化帝国主義だと主張しているのに対し、アングロサクソン側は、鯨が真に日本全国で食生活の一環となったのは戦後の一時期に過ぎないと反論しています。

この論点では日本側はやや分が悪いと言わざるを得ません。しかし、日本の農林水産省当局としては、鯨でアングロサクソンに譲れば、(鯨とは違って)昔からずっと日本全国で食生活の一環となってきたマグロを始めとする様々な魚種が、次々に恣意的に全面禁漁の対象にされかねない、という思いがあるようです。

 第四に、捕殺しなければ鯨(各鯨種)の増減の調査はできないとして調査捕鯨の継続を日本は主張しているのに対し、アングロサクソン側は、日本の調査捕鯨は鯨(各鯨種)の増減の調査と称しつつも捕鯨数が多すぎる上、捕殺後市場で売却しており、その実態は商業捕鯨以外のなにものでもないと批判するとともに、鯨の皮膚さえ採取できれば、DNAを調べることで、鯨(各鯨種)が増えているか減っているかは分かる(http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/4282627.stm。6月24日アクセス)、として、調査捕鯨の禁止を主張しています。

この論点でも日本が不利という感は拭えませんが、にもかからわず、日本が次第に調査捕鯨枠を拡大してきているのは、確信犯的行為なのでしょう。

 第五に、これが最大の論点なのですが、鯨(各鯨種)の絶滅は回避しなければならない、という点では双方とも一致しつつも、長期にわたったモラトリアムの結果、既に商業捕鯨が可能な水準まで鯨の頭数が回復していると日本が主張しているのに対し、アングロサクソン側はこれを真っ向から否定しており、両者ががっぷり四つに組んでいる状況です。

(以上、特に断っていない限りhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4106688.stm前掲及びhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/2051091.stm(6月24日アクセス)による。)

4 対立構造の文明論的考察

 以上の五つの論点のうち、第三は歴史認識をめぐる論争、そしてその他は自然科学的論争の体裁をとっています。

 しかし、実は、これは先の大戦と同様、日本文明とアングロサクソン文明との間の文明の衝突なのであり、先の大戦の延長戦を両者が戦っている、と見るべきなのです。