太田述正コラム#769(2005.6.28)
<イランの新大統領誕生(その1)>
1 始めに
改革派のハタミ(Mohamad Khatami)大統領の二期目の任期満了に伴うイラン大統領選の決選投票が24日投開票され、保守強硬派のテヘラン市長、アフマディネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)氏(48歳)が、保守派穏健派の(ハタミの前に二期8年間大統領を務めた)ラフサンジャニ(Ali Akbar Hashemi Rafsanjani)最高評議会(Expediency Council)(注1)議長(70歳)を破り、初当選しました。今年8月に就任予定です。
(注1)議会(Majilis)と(イスラム法学者からなる)護憲評議会(Guardian Council)の間の仲裁を行う機関(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/06/24/AR2005062401696_pf.html。6月26日アクセス)。このほか、大統領を長とする行政府、更に司法府があるが、これらの上にハメネイ(Seyyed Ali Hosseini Khamenei)最高指導者(Supreme Leader)が鎮座する。
なお彼は、イスラム革命後のイランにおける、高位のイスラム法学者(教導師。clergy)ではない初めての大統領ということになります(http://cnn.co.jp/world/CNN200506250001.html。6月27日アクセス)。
このアフマディネジャドの大統領就任が意味するところをさぐってみましょう(注2)。
(注2)たまたまイランには土地勘もないし人脈もないので、今まで正面からとりあげたことがない。ご批判ご叱正をよろしく。
2 イランの現状
まずイランの現状を、Foreign Affairs.の November/December 2004 issue掲載論考(http://www.nytimes.com/cfr/international/20041101facomment_v83n6_molavi.html?pagewanted=print&position=。2004年11月11日アクセス)等でざっと押さえておきましょう。
1979年のイスラム革命直前のイランは、スペインとほぼ同じ一人当たり所得を誇り、石油生産も1日600万バレルに達していたが、それから四半世紀たった今では、実質一人当たり所得は三分の一に目減りし、石油生産は三分の二に落ち込んでしまっている。そして、若者を中心に失業率も高止まりしている(注3)。
(注3)この状態は隣国のイラクと相似形をなしている。どちらの国も大産油国であり、長期間にわたったイラン・イラク戦争(1980年?88年)で互いに大きな被害を受けた。
しかし、イラクはその後もクウェート侵攻(1990年)後の湾岸戦争(1991年)と内戦で大打撃を受け、湾岸戦争後の国連による経済制裁で疲弊し、その上対イラク戦(2003年)とその戦後の不穏分子の跳梁で一層疲弊しているのに対し、イランの方のマイナス要因は、一貫して米国から経済制裁を受けていることだけであることを考えると、革命イランのふがいなさが際立つ。(太田)
そこでイランの保守派は、中共をモデルにすると言い出している。つまり、政治分野でのコントロールを受忍すれば、その見返りに経済成長と職と若干の社会的自由を与えてやる、というのだ。
しかし、わずかに産油国というメリット(注4)はあっても、中共並みのネポティズムと汚職にまみれているイラン(注5)が、中共と違って(前述したように)世界最大の市場である米国から閉め出されている上、これまた中共と違って依然外国からの投資に警戒的であると来ているのだから、この試みが失敗するのは目に見えている。
(注4)このほかイランには埋蔵量世界第二位の天然ガスもある。
しかしメリットどころか、石油等の天然資源に恵まれている国は、かえって経済発展と自由・民主主義化の足を引っ張られる面がある、としばしば指摘されている。この問題は改めて論じたい。(太田)
(注5)政府と結びついたイスラム法学者系の慈善団体や企業が、イランのGDPの約四分の一を占め、イランのネポティズムと汚職の中心となっている。これをみならい、各省庁がそれぞれの所管分野で自前の企業を持っているし、公務員の多くは賄賂をとるほか、自分で商売をしている。なにせ、内部情報を活用するとともに自ら許可等で便宜を図るときているので、公務員の商売は確実に儲かるわけだ。
保守派にとって幸いなことは、ハタミ政権による改革の試みが保守派の抵抗により殆ど日の目を見なかったこともあり、一般イラン国民が政治的アパシーに陥ってしまっていることだ。
昨年2月の議会総選挙では、護憲評議会が3,000人もの改革派候補者の立候補を禁じたが、抗議運動らしい抗議運動は起こらず、投票率は史上最低の51%(テヘラン地区では28%)に落ち込んだ。
もう一つ、保守派に息を継ぐ余裕を与えているのは、石油価格が高騰したおかげで、この二年以上にわたって6%程度の経済成長が続いていることだ。もっともこの経済「高度」成長は、顕著な失業率の低下には結びついていない。
(続く)