太田述正コラム#774(2005.7.1)
<米国の対中共戦略(その2)>
2 米国の対中共戦略
中共は石油産出国ではあるのですが、既に日本を抜いて米国に次ぐ世界第二位の石油輸入国になっており、中共の最大の弱点がここにある、と米国は考えているのです。
その中共への石油等化石燃料の海上輸入路は、米国のコントロール下にある日本列島と台湾によって扼されているのですから、後は陸上のパイプラインを通じての輸入路を閉ざせば、米国は中共の生殺与奪権を握ることになります。
さて、米国は既にパキスタン・アフガニスタンを自分の勢力圏に引き入れており、キルギスタン・ウズベキスタン・タジキスタンには米軍基地を設置しています。これらは、対テロ戦争を実施するためだということになっています。
また、キルギスタンでは今年3月に民主革命が起こり(コラム#643、671)、5月にはウズベキスタンが政情不安になった(コラム#725、730)ところです。また、次に民主革命が起こるとしたらカザフスタンだと言われています。しかし、これらの動きの背後には直接間接に自由・民主主義の普及を唱える米国の姿が見え隠れしています。
以上の米国の動きは、中央アジアからロシアの影響力を払拭することを併せて意図したものだ、と見ることはもちろん誤りではありません。
しかし、以上の米国の動きの最大の眼目は、中共とロシア・カスピ海沿岸・イランの三つの産油地域との間の陸上輸送路の遮断にある、と見るべきなのです。
そうなると、カスピ海沿岸の石油をめぐる最近の米国の暗躍についても、新たな見方ができそうです。
すなわち、今年5月の産油地アゼルバイジャンからグルジアを経由してトルコの地中海沿岸に至るBTC(Baku-Tbilisi-Ceyhan)石油パイプラインの完成(注2)や、今年6月にウクライナがぶちあげたカスピ海沿岸からウクライナを経由してポーランドに至るパイプラインの計画(注3)については、米英等による新たな石油資源の確保、あるいはロシアの石油資源に係る影響力の減殺、という直接的な目的もさることながら、中共がカスピ海沿岸の石油に手を出す可能性を絶つ、という目的もある、と見るべきなのです。
(注2)1995年にクリントン米大統領の意向を受けてブレジンスキー(Brzezinski)がアゼルバイジャンに飛んでお膳立てをし、その後、ブレア英首相と親しい会長をいただく英国の石油会社のBPが中心となり、これに米ユノカル(Unocal)やトルコの石油会社等が協力して敷設事業を推進した。このパイプラインの終点(積出港)であるトルコのセイハン(Ceyhan)はインシルリク(Incirlik)米空軍基地のすぐ近くだ。
(注3)米シェブロン(Chevron)が深く関与している。
サウディや湾岸諸国の化石燃料資源が、かねてから米国のコントロール下にあるのはご承知のとおりです。
これに加えて米国によるイラクのフセイン政権打倒により、中共は中東の石油には手を出せなくなってしまいました。
米国は、ロシアに関しては、さしあたりはその伝統的な支那への警戒心、そして中期的にはロシアの経済発展による化石燃料資源への需要の高まり(輸出余力の減少)に期待しつつ、長期的にはロシアの自由・民主主義化を実現し、ロシアを反中共陣営に引き入れることができると考えていることから、中共がロシアから優先的に化石燃料を供給してもらえるようになる可能性はほとんどない、と見ているのでしょう。
そうだとすると、(ラテンアメリカでベネズエラ(コラム#732、733)が中共に色目を使っているといったことはあるものの、)基本的に米国にとって残された懸念はイランの化石燃料資源の帰趨だけだ、ということになりそうです。
(以上、特に断っていない限り(http://www.atimes.com/atimes/Global_Economy/GF30Dj01.html(6月30日アクセス)による。ただし私見を加えた。)
3 中共のカウンター戦略
中共はむろん、自らの抱えるこの最大の弱点と、これを衝こうとしている米国の戦略は十分自覚しています。
だからこそ中共は、一方で自分の海上交通路を確保するための軍事的布石を次々に打つ(コラム#697)(注4)と同時に、海外における化石燃料資源確保に向けて総力を挙げているのです。
(注4)最近で言えば、16日に巨浪2型(Julang-2、JL-2)と見られる潜水艦発射大陸間弾道弾(SLBM)の本格的な発射実験を初めて実施した。青島沖の原子力潜水艦から発射し、数千km離れた同国内陸部の砂漠地域に着弾させた模様。(http://news.goo.ne.jp/news/yomiuri/kokusai/20050617/20050617i206-yol.html。6月30日アクセス)
中共がロシアの極東における天然ガス・パイプラインの敷設ルートや東シナ海における海底天然ガス掘削をめぐって日本としのぎを削っていること等はその現れですが、何と言っても現在世界の耳目を集めているのは、米ユノカルの買収に中共の国策石油会社の中国海洋石油(CNOOC=China National Offshore Oil Corporation)が185億ドルという値を付けて名乗りを上げ、先に170億ドルで名乗りを上げた米シェブロンの顔色をなからしめたことです。
既にご説明したことからもお分かりのように、ユノカルもシェブロンも米国の国策を背負って企業活動を行っている面があるわけで、(日中間で政治問題化している東シナ海の春暁ガス田を手がけている会社でもある)中国海洋石油が、中共当局の指令の下、米国という本丸に切り込んだ、といったところです。
米議会からは、中共にユノカルが買収されることは米国の安全保障にかかわるという声が上がっており、今後のブッシュ政権の対応が注目されます。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.nytimes.com/2005/06/28/business/worldbusiness/28yuan.html?pagewanted=print(6月29日アクセス)、及びhttp://www.atimes.com/atimes/China/GF30Ad02.html、http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20050623ib02.htm、http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20050625i512.htm(いずれも6月30日アクセス)による。)
(完)