太田述正コラム#788(2005.7.11)
<欧州における歴史的瞬間(その4)>
4 栄光に包まれた英国の天国と「地獄」
(1)サミット主催という天国
そもそも、今回のサミットは、G-8の首脳達の茶話会と化してしまっていた近年のサミットとは全く様相を異にしています。
ブレアが、あたかも自分が世界政府の大統領になったかのような野心的なテーマを設定したからです。
そのテーマとは、アフリカの貧困の解消と地球温暖化防止です。
事前の根回しで、前者については、アフリカ諸国の借金の棒引きと、アフリカ諸国への経済援助の倍増をブレアは提唱し、一応の形をつけることに成功しました。(もっとも、G-8諸国の農業補助金の削減については、米仏等の反対でまとまりませんでした。)
また、後者については、頑なに排出炭酸ガスが地球温暖化の原因であることを認めるのを拒んできたブッシュに、これを認めさせる、という画期的な成果を挙げました。(もっともブッシュは、炭酸ガス排出規制には同意しませんでした(http://news.ft.com/cms/s/55d5c00c-ef1f-11d9-8b10-00000e2511c8.html。7月8日アクセス)。)
これほどの成果を挙げることができたのは、英国の経済力が回復した上、ブレアがブッシュに対し、対テロ戦争に全面的に協力することによって貸しを作っていたからでしょう。
その上ブレアは、EU議長になっており(注7)、しかもブレアは上述したように、立て続けに対仏(対独仏枢軸)三連勝を飾った、というわけで、形式的にも実質的にもEUでの主導権を掌握するに至っていました。
また、言うまでもなく、ブレアは今回のサミットの開催国の首脳として、サミットの議長でもあります。
こうして、世界の唯一の覇権国の首脳であるはずのブッシュの存在が霞んでしまうほどブレアの存在感が前面に躍り出たサミットが7月6日に開幕するのです。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/07/07/AR2005070700955_pf.html(7月8日アクセス)による。)
(注7)本来なら、サミットにはG-8首脳達のほか、EU議長も出席する慣例になっているが、今回は、ブレアが一人で英国首相とEU議長の二つを兼ねる形になった(典拠省略)。
(2)ロンドン同時多発テロという「地獄」
そのブレアを、天国から「地獄」への突き落としたのが、ロンドンでの7月7日の同時多発テロです。
どうして私が、地獄をカギ括弧付きにしたかお分かりですか。
この同時多発テロが発生したのは、そもそも英国が再び隆盛を極めるようになったからであるし、また実際に同時多発テロが発生することによって、ブレアの英国、EU、ひいては世界におけるリーダーシップが一層強固なものになった、と考えているからです。
そういう見地からすると、本件に対する日本のマスコミの論評ぶりには首をかしげたくなるものが散見されます。
例を一つだけあげましょう。毎日新聞の8日付の長編記事(http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/news/20050708k0000m030152000c.html。7月8日アクセス)です。
この記事について言えば、私が首をかしげたのは、その中の、小松浩記者による「<サミットに>各国首脳が集まる中、テロを防ぎきれなかったことで、議長国としてはもちろん、次期五輪開催地としての威信も問われる事態となった。・・<ブレア>首相にとって、政治的なダメージははかりしれない。」というくだりと、尊敬する軍事評論家の江畑謙介氏による「英国でこれだけ大規模な事件を起こす組織力を持つのは、アイルランド共和軍(IRA)とイスラム系過激派だけだ。・・これは、イスラム過激派による過去のテロとはパターンが違う。イスラム過激派のテロは、ホワイトハウスや米国防総省も狙った米同時テロのように、直接的な攻撃を特徴とするからだ。和平路線に転じたIRA本体の方針に不満を持つ分派による犯行の可能性も否定できない。」のくだりです。
恐らく、小松浩記者はテロ問題にうといのではないか、他方江畑氏は英国やロンドンの経済的・社会的事情にうといのではないか、と想像されます。お二人とも、せかされて記事を書き、コメントさせられたのであろう事情は分かりますが・・。
それでは、このあたりのことを、少しかみ砕いてご説明しましょう。
(続く)