太田述正コラム#791(2005.7.14)
<欧州における歴史的瞬間(その7)>
なお、今回の事件はアルカーイダ系が惹き起こしたものであることは、今回の事件のメッセージ性(後述)からもあきらかであると言えるでしょう。
(3)テロ抑止施策と心の準備
以上から、想像がつくと思いますが、英国政府は、アルカーイダ系による爆弾テロに対する心の準備はできていた、ということです。
英国民もまた、心の準備ができていました。
というのも、英国政府として、可能な限りのテロ抑止施策を講じる一方で、にもかかわらず、英警視総監や諜報機関M15の長官をして、アルカーイダ系によるロンドンに対するテロの発生は不可避(inevitable)だと警告を発して来させたからです(http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1525390,00.html。7月11日アクセス)。
テロ抑止施策としては、英国の優秀な諜報機関や警察の存在そのものがテロ抑止につながっていますし、英国は国際・軍事情報を共有している米国から、テロ関連情報についても無制限に情報が得られる立場にあります。しかも英国は、アングロサクソン諸国で構築している世界の電波情報・水中音情報・電話情報・FAX情報・E-メール情報の傍受・共有体制の受益国でもあります(コラム#105)。
つまり、アルカーイダ系を含むテロリストは、「ヒト」・「モノ」・「カネ」・「情報」を国際間で動かした場合、英国政府にそれを察知される可能性が高いのであり、このことをテロリスト達も認識しているはずです。
ですから、テロリストも爆弾も、外国から英国に潜入したり持ち込んだりすることは強く抑止されるはずです。自爆テロ要員とか大きな爆弾が潜入・持ち込まれる可能性は少ない、ということです。
他方、(米国内にあっても同様だが、)英国内では人権・プライバシーの保護の観点から、上記諸情報の傍受については種々の制約があります。
しかしその中で、近年めざましく拡充されてきたのが、(北アイルランドでIRAの動きを監視するためにベルファスト等に設置されたことから始まった)監視カメラ(CCTV=Closed-Circuit Television)の大都会への設置です。
ロンドンには、民間のものも含め、50万台の監視カメラが設置されており、ロンドン市民は、平均一日120回は監視カメラに行動を監視されている、と言われています(注16)。
(以上、監視カメラについては、特に断っていない限りhttp://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050712/mng_____tokuho__000.shtml(7月12日アクセス)による。)
(注16)ロンドン名物の二階建てバスにも監視カメラが設置されているのだが、今回の事件で4回目の爆発の舞台となったバスの監視カメラは、何週間も前から故障していたと噂されているhttp://www.guardian.co.uk/attackonlondon/story/0,16132,1526471,00.html。7月12日アクセス)。
監視カメラは、これまでも犯罪捜査と立件に役立っており、前述した右翼の釘入り爆弾事件でも監視カメラでとらえた犯人の姿を公開し、犯人逮捕に成功しています(注17)。
(注17)ただし、警察が既に犯人を割り出し、公表しており、市民から犯人の目撃情報が警察に寄せられたにもかかわらず、その1時間20分後の夜間に決行された3回目の犯行を防止することはできなかった。とはいえ、その日のうちに犯人は逮捕された。(ガーディアン上掲、及びhttp://en.wikipedia.org/wiki/David_Copeland(7月12日アクセス)による。)
ですから、テロに成功しても犯人は逮捕される可能性が高く、逮捕覚悟でテロを決行するような人間を英国内だけで集めることは容易ではなく、このことから、犯行の規模は大きなものにはならない、ということになります。
このように、テロ抑止施策が二重三重に講じられていたため、英国民は、アルカーイダ系のテロは起こっても不思議ではないが、その規模と頻度は大したことはない、という認識をかねてから持っており、このことも彼らの心の準備を万全なものにしていたのです。
(4)犯人からのメーセージ
今回の事件はマドリード列車爆破事件と類似していると申し上げてきましたが、今回の事件の方がメッセージ性は強烈です。
もちろん、マドリード事件にもメッセージ性はありました。
対イラク戦において米国の忠実な同盟国であったスペインにその首都をテロ攻撃することで鉄槌を加える、というメッセージです。
今回の事件も同様に、対イラク戦において米国の忠実な同盟国であった英国にその首都を攻撃することで鉄槌を加える、というメッセージ性が見出せることは言うまでもありません。
しかし、今回の事件のメッセージ性はそれだけではないのです。
(続く)